「くおら〜! ナルト!! アンタねえ、こんなミミズののたくったような字で書いた報告書、認められると思ってんの!!」

 アカデミー内部にある、受付でのその叫び声は。


 ピンクの髪、愛くるしい彼女が当番の日には、決まって聞こえる恒例行事で。

 不運にも、場に居合わせてしまった者が浮かべる表情は、苦笑と、嘲笑と。



 触らぬ神に祟りナシ、とばかりに退散する理由としては、十分だった。










笑顔の仮面












 受付は、何も忍の報告書を受け取るだけの場ではない。

 忍に対しては24時間体制のその場所も、ある一定の時間帯は、一般人から舞い込む依頼を一旦引き取る場も兼ねており、待合所が無人になることは皆無だ。


 当然、ひっきりなしに人は入れ替わり、毎日、業務に当たる受付当番は大忙しである。



 だが今回、彼女の叫び声が聞こえたのは、まだ日の昇らない早朝。一般人の姿はなく、待合所にいた忍の姿も2、3人で、何事かと彼女に目を向けていた。

 明け方、というのは珍しかった。


「サ、サクラちゃん……ひどいってばよ」
「ヒドイのはアンタの字よ! 何て書いてあるのよ、コレ!」
「だから任務報告……」
「読めないわよ!」


 立ち上がり、カウンターを挟んだ受付で彼の報告書を突き返しているのは、笑顔が優しく癒される、と評判のくの一、春野サクラだった。長い髪をまとめるようにして頭の上に額あてをしている。その顔立ちは美しく、18という若い年齢とは思えないほど、洗練された美しさを誇る。
 アカデミー教師で中忍でもある彼女は、週に何回かはこの受付に座り、任務報告にくる忍に労いの言葉をかけているのだ。

 そんな、天使のような存在として崇められている彼女が、目くじらを立てて怒る光景は……彼女を特別視する人間が初めて見れば、幻想を打ち砕くには十分だったが、孤高の存在としての彼女を人間くさくしているのもまた事実で、サクラのファンは減ることはなかった。

 が、彼女には心に決めた人がおり、それが里一番の上忍である、うちはサスケだということは、周知の事実だったが。


 対して、彼女に書類を突き返され、情け無い笑みを浮かべているのは……サスケと同じく、いまや里にこの人ありと謳われる上忍の一人、うずまきナルト。黒装束に木の葉ベストを着込んでいる彼の姿形は、まさしく忍そのものなのに。後ろ頭をかきながら、困ったようにサクラを見つめる彼が、忍の間で恐れられ、他国のビンゴブックに名を馳せているということは想像できない。

「そんな〜。サクラちゃあん〜……」
「情け無い声出しても駄目! 再提出!」
「はあ。どうしても?」
「当然でしょ!」

 このナルトとサクラは、下忍の時には同じチームを組んでいたこともあり、特に仲が良かった。ナルトは一時期、サクラのことが好きだったのだが、今は仲間として、サスケとの恋を応援していた。

「オレってば、徹夜明けで早く帰って寝たいんだってばよ……」
「……う」

 疲れた顔で言われてしまえば、受理してあげれば良いかという思いがサクラの中にわきあがってくるのも事実だったが、よれよれの用紙に、自分の名前さえも満足に書けていないような書類に印鑑を押すわけにも行かず、サクラは改めて、再提出! と叫んだ。


「どうしたの? サクラちゃん」
「あ……さん」

 そんなサクラに声を掛けたのは、同じく報告書を手にやってきた、だった。朝っぱらから聞こえたサクラの叫び声に歩を早めて来てみれば。カウンターを挟んで対峙する後輩のサクラと、後輩上忍であるナルトの姿に、はきょとんとしていた。彼女がこの光景を見るのは、実は本日が初めてなので無理もないだろう。

 は、この木の葉の数少ない上忍の中でも、『写輪眼のカカシ』に並ぶ著名人だった。樹脂で染めた茶色の髪は流れるように綺麗で、薄めの唇で紡ぐ声は凛としていて品がある。老若男女分け隔てなく接するところから、男女を問わず信頼も厚く、火影の右腕とされていた。

!」

 の姿を認め、嬉しそうに微笑んだナルトを横目で見て、サクラが頬を膨らせる。別にサクラとしてみれば、ナルトが誰に笑いかけようと関係ないとは思ってはいたが、自分以外の人間に笑顔を向ける彼を見るのは、正直あまり快いものではない。
 下忍に昇格したときからずっと。サクラは、ナルトを見てきたのだから。彼の成長を一番知っている女は自分だという気持ちもどこかにあった。

 以前は自分に向いていた気持ちが。今、目の前のに向けられていることを確認してしまうと。それまでに対していだいていた憧れと尊敬の念の間に、何とも言えないしこりが存在することを知った。

 そう。ナルトを今まで見てきた自分だから、分かる。ナルトがに向ける笑顔は、他とは若干異なっていることを。

 だが恐らく。特別な笑みを浮かべるナルトも、特別視されているにも、自覚などないと気付いていた。


「サクラちゃんが……オレの書類書き直し! なんて言うんだってばよ」
「どれどれ?」

 カウンターへと近づいてきたが、サクラの手元にあったナルトの書類を覗き込む。と、ひくっと頬を引きつらせて、ナルトと書類の両方を見比べた。


「ナルト……。これは……書き直した方が良いかもね」
「ほーらみなさい!」
「マジで!? はうあ……」

 はてっきり、ナルトに味方するかと思っていたサクラだったが、彼女の言葉が自分に味方してくれたことにより、先程のわだかまりはどこへやら、強気に出、書類をナルトに突き返す。に言われてしまっては成す術もないナルトは、しぶしぶ書類を受け取った。

 その彼の様子に、は心配になり、ナルトの顔を覗き込むと。うっすらと目の下にくまを見つけ、若干蒼白の顔に眉を寄せた。

「疲れてるみたいね。報告書は後にして、帰って寝たら?」
「うんにゃ。コレ出して任務完了って事なんだし、出さないで寝るなんて中途半端な気がして嫌だ」
「……じゃ、頑張って書き直しなさい」
「はーい」

 頑固なナルトは本人がそうだと言ったら頑として動かないということは、彼女も短い付き合いの中で熟知しているだけに、寝てからにしろとはそれ以上言わなかった。は、ナルトに並び、持っていた書類をサクラに差し出すと。サクラはざっと目を通しただけで、その書類に受理の印鑑を押し、受け取っていた。

「ひいきだってばよ……」
「アンタもいい加減、ひいきされる側になるような書類を書きなさいよ」
「まあまあ、サクラちゃん」

 目くじらを立てっぱなしのサクラに、は苦笑する。彼女がこんな風にして怒るところを見たことのなかったにとってみれば、2人は本当に仲が良いように思えた。


 と同時に。同期としての彼らの関係を、妬ましくも思う。




 は、ナルトよりも5年早く上忍になった。アカデミー卒業は、ナルトたちよりも2年早い。年齢も、1つ上だ。

 当然、完全な実力主義とはいえ、縦社会には先輩・後輩もあるわけで。しかも、5代目火影の右腕となれば、ナルトやサクラと仲良くしたいとは思っても、それは一線を引かれたものになる。


 だが、人懐っこいナルトは、敬語など使わずに、自分を慕ってくれているのは分かるが。それでも、を立てることを忘れない。
 そしてサクラは、を先輩として扱う。その時点で、同等の位置ではなくなってしまっているのだ。


 先輩というのは、年齢だけだとは思っている。事実、里の外部から恐れられる『九尾のナルト』の方がずっと強いし、里にとってなくてはならない存在だ。それにサクラの幻術は、上忍相手ですら引けを取らない。近々、特別上忍への昇格試験もあり、サクラは試験を心願するだろう。


 だから、普段自分には見せない様相を自然にさらけ出すサクラとナルトの関係が。傍で見ていて羨ましかった。



 ……自分の同期は。すべて慰霊碑に名を刻まれてしまっていたから。

 自らの下忍時代を思い出して、少しだけ悲しかった。




?」
「………………ん?」
「ちっとで良いから、書類の書き方、教えてくんない?」


 拝むように両手を顔の前で合わせ、腰を屈めるナルトに、は苦笑する。

「いいよ。じゃあ、『人生色々』へ行こっか」
「やった!」

 さすがに受付の前で書類を書き直すわけにもいかなかったので、は上忍待機所である『人生色々』で、ナルトに書類の書き方をレクチャーすることになり。

 2人揃って歩き出していた。




 そんな2人の背中を。

 サクラは、複雑な表情で見送っていた。
























「別に上手に書かなくても良いから、丁寧に書こうよ」
「ん〜。それが難しいんだってばよ」
「走り書きしないの。一つ一つゆっくりと……」
「……メンドイ」
「それでサクラちゃんに書類突き返されて書き直すことと、どっちが面倒?」
「うーん……だよなあ。はー。任務だけなら良いのに、なんで報告書なんてあるんだってばよ……」


 人生色々には、人の姿はまばらだった。夜勤当番の顔ぶれしかなく、メンバーも欠けていないことから、昨夜は何事もなかったのだろう。

 大広間に直結する畳の部屋で、ナルトとは書類を広げていた。が、は極力、文面を見ないようにしている。任務は極秘のものが多い。しかも、ナルトがこなす任務はレベルが高く、他国の忍を相手にすることもあるからだ。

「今回は暗殺とかじゃないから、大丈夫だってばよ」

 とナルトに言われても、あまり見る気にはなれなかった。




 文字のことや、文章の書き方を少しだけ教えたは、真剣に書類に目を落とすナルトを見つめていた。

 顔を出し始めた太陽の光が、窓から射し込んで、ナルトの金色の髪にかかってキラキラと反射する。額あては使いこまれており、少しだけ傷もあった。両頬に走る3本ずつの痣が、九尾の彼の特徴で。衣服自体、黒色がベースということもあり、彼の髪の色を際立たせていて、目を引いた。

 いつも、満面の笑顔で居るナルト。過ぎるほど前向きな姿勢に、元気付けられた仲間も多いだろう。火影になることを目標とし、脇目もふらずに駆け抜ける彼の姿は、里に必要なものとなっている。



 下忍時代、中忍時代と、ナルトの人生は実に様々な出来事が降りかかっていた。それは生まれながらに九尾の器として選ばれてしまった彼の運命なのかもしれなかったが、その蔑まれていた九尾を、ナルトだからこそ自分のものにし、そして同時に里人がようやく彼のことを受け入れ始めたことは。彼でなければ出来なかった偉業だと思う。



?」

 視線を感じて、ナルトは顔を上げた。間近でぶつかった視線を、は慌てて逸らす。


「あ、と。なんでもない。早く書いて」
「そんなに見られっと、オレってば恥ずかしいなあ」
「冗談言わないの」

 顔が赤くなるのを抑え、はナルトから、窓の外へと目を移す。うるさく騒ぎ始めた心臓を、意識しないよう心がけた。







 いつから? そんなキッカケなどもう、忘れてしまった。


 が、ナルトを好きになったのは、今からずっと前のことだったから。



 出会いは、ツナデ、自来也を介してのものだった。顔見知りから、よく話をする仲になるまでは、そう時間はかからなかったと思う。

 ナルトが、その持ち前の人懐っこさから、と出会う度に声をかけてきてくれたから。だからも、彼が九尾と知りながらも、彼の強さと優しさに惹かれていった。


 否。昔、里を壊滅に追い込んだ九尾のことなど、最初から頭になかった。


 気が付いたら目が彼の背中を捜した。上忍待機所で会えれば、その日一日は幸せだった。そして同じ任務に着くことが出来れば……彼に認めてもらいたくて、実力以上の力を発揮できていたと思う。

 だが、色恋沙汰とは無縁の世界に生きている自分。当然、任務では人を殺したり、思いもない他者に抱かれる『色』も避けることは出来なくて。穢れきった自分から、彼にこの気持ちを伝えることは出来なかった。


 女である前に。忍なのだ。


 だから、一生。この気持ちが彼に伝えることはないのだと。



 ……諦めていた。



「出来た!」
「本当?」
「見て見て!」


 ナルトに用紙を差し出されて、内容は見ないまでも、先程とは明らかに違う筆跡が目に飛び込んでくる。まだまだ改善しなければならない箇所もあったが、これくらいであればサクラも突き返すことはないだろうと判断した。


「うん。大丈夫ね」
「やった!」
「それじゃ、サクラに出してきたら?」
「…………おう! 、付き合ってくれてありがとだってばよ!」
「どういたしまして」


 ガッと書類を掴んで、バタバタと走り去る彼に苦笑して。も立ち上がった。自分の徹夜明けで早く家に帰るつもりだったが、ひょんなことからナルトとこうして時間を過ごせてしまったので、やけに目が冴えてしまっていた。


 ホント、好きなんだよなあ。



 ……思って、頭を抱えていた。







 決して。男女の関係になることはないのだと、自嘲気味に微笑みながら。

















 家に帰ってはベットに入ったものの、なかなか眠りにはつけずに寝返りを打ちながら、ナルトのことを考えていた。考えただけでも頬が緩む自分に苦笑し、目を閉じる。が、なかなか眠気はやってこなくて、意識が落ちたのは夕刻近かった。

 そして、再び目を覚ましたときには、辺りは闇に包まれていた。思いのほか疲れていたらしく、熟睡してしまったらしい。

 時計を見やれば、真夜中。大きく伸びをしてからベットから這い出て、顔を洗い、冷蔵庫を開けてみたが、中には大したものも入っていなかったので、買い物へと行くことにした。


 忍服ではなく、Tシャツにジャケットを着込み、パンツを履いて。24時間営業の近所の店で適当に惣菜を見繕った。自炊は、たまにしかしない。家で食事をとることもほとんどないからだった。





 袋を提げ、自宅に戻るために歩いていたところで。鼻をつく異臭には顔をしかめた。



 人間独特の、血臭。しかも、こんな街中で?



 辺りに気を配り、ある路地裏に見当をつけると、はゆっくりと歩を進めた。




「……………………」

 いつ飛び掛ってこられても良いように、全身の神経を尖らせる。角を曲がったところで、は目の前の光景に息を呑んだ。


 男が仰向けに横たわっていた。黒い液体の波紋を地面に広げながら。その脇に立っていたのは、一人の暗部の姿。狐の面をつけ、軽量化された鉄の鎧に身を包む暗部特有の出で立ちがそこにあった。外灯に照らされ、面に影を落とす暗部は、に気が付くと、じっと彼女を観察するかのように、こちらに顔を向けていた。

 面の後ろから零れるのは、月の色と同じ金糸。背格好がナルトに特に似ていたので、まさか彼ではないかと勘繰ったが。


「邪魔だ。失せろ」


 くぐもった冷たい言葉と低い声に、これがナルトのはずがないかと思った。彼ならば、知らないフリをするのにも、もう少し優しい言葉をかけるに違いないと思ったから。

 その瞬間……横たわっていた男が暗部に向かって殺気を放ちながら、懐から手裏剣を出して投げようとしたのだ!



 が、手裏剣が男の手から放たれることはなかった。気配に気が付いた暗部が、何のためらいもなくクナイで喉を突き刺したからだ。


 湧き上がる血飛沫に、暗部の面と鎧が黒く染まっていく。間近で見れば、きっとそれは赤いのだろうけれども。が見た色は黒に限りなく近かった。


「……てめえのせいで、吐かせる前に殺しちまったじゃねーか」
「………………ごめんなさい」

 これから尋問する予定だったようで、は自分の登場で、暗部の邪魔をしてしまったことを悟った。謝って済むような問題でもないことは、彼女も分かってはいたが、咄嗟に謝罪の言葉が口から零れた。


「……………………」


 その場で死体の処理にかかる暗部の背を、半ば呆然と見つめていた。言葉少なげで、面とくぐもった声からは誰かも判断出来ないはずなのに、はその人物にひどく懐かしさを覚えていた。


 貴方は……誰?


 問いたい欲望と葛藤する。暗部、こと暗殺戦術特殊部隊は、正体不明の忍の集団。その詳細は、火影しか把握していないのだから。暗部に所属する忍が誰かと問うことは禁じられている。


 このまま、立ち去るのが一番ではあったが。

 は、ただその姿を瞳に焼き付けていた。



「なんだよ?」

 死体処理を手馴れた手つきで終えて。暗部は未だに動こうとしないに声をかけた。

「あ……なんでもないデス」

 慌ててその場を立ち去ろうと踵を返すと、どん、と誰かにぶつかった。鼻をしたたかに打ちつけて顔を見上げると、先程まで数メートルは離れた場所にいたはずの暗部の姿がある。



 驚いて反射的に距離を取ろうとして。は後ずさろうとしたが、右腕を掴まれてしまった。


「逃げんなよ」
「は、離して!」

 瞬身の術か……と、彼が術を使って自分の振り向いた先に回りこんだことが分かったが、あの一瞬でチャクラを練り上げ、印を結んだかと思うと、その技術には脱帽するものがある。


 ぞくりと。得体の知れない寒気が湧き上がってくる。


 これが……暗部。





 姿を見たのは、何も今日が初めてというわけではなかった。職業柄、しょっちゅう見ている。もしかしたら、自分の身近な人間が、その暗部に所属しているかもしれない。が、真正面から対峙したのは、これが初めてだった。


「離して!」

 掴まれた右腕の解放を求めるために、は左腕を振り上げた。しかし拳は簡単に見切られ、両腕を拘束されてしまった。


「!!」
「案外、気が強いのな」
「………?」
「だがあんまり威勢が良いと、命を落とすぜ」
「うあっ!」

 腕の拘束が無くなったと思った瞬間、のわき腹には暗部の拳がめり込んでいた。軽く咳き込み、圧迫感から膝をついたに、さらに暗部が距離を詰めたその時。

 顎を持たれ、上を向かされたと感じた途端、唇に感触があった。

 大きく瞳を見開く。ぶつかったのは、碧眼の瞳。だがその目も、閉じられてしまった。驚きに硬直したままのに、始めは重なるだけだった唇が、深く覆いかぶさってくる。





 ………ナルト?





 だが、あまりにも雰囲気、様子、言葉遣いがどれをとっても自分の知るナルトではなかった。


 しかし何故か……抵抗しようという気にはならなかった。



「……はっ……」

 混乱する頭を抱えたまま、どれくらいの間、唇を重ねていたのだろう? 満足したように暗部が離れ、がその場に脱力すると。彼はの前で微笑んだ。



 外灯に。今度は面の下の顔立ちが浮かび上がる。

「ナル……ト」

 信じられなかった。暗部装束で微笑むのは、確かに自分のよく知る顔で。しかも、この鋭利な空気を持つ目の前の人間が、明け方、サクラに怒鳴られ、報告書を書き直していた彼と、どうにも一致しなかった。


 金髪の髪と。深い蒼の瞳。頬に走る痣。見間違えるわけがない、ナルトの姿。



「ぼうっと突っ立って見てるだけなんて、てめえは本当に忍かよ? オレじゃなかったら、命を落としてるぜ」



 違う。違う。これが彼のはずはない。きっと敵だ。敵がナルトに化けていて、自分を陥れるためにこんな罠を仕組んだのだ。

 目の前のナルトの姿を模した暗部は、至極可笑しそうに肩を揺らす。


「間抜け面だな。言っておくけど、オレはナルトだ。正真正銘の、な。もしかして、明るく馬鹿やってるオレが本当だと思ってた? 随分おめでたい頭してんな。アンタ」
「………嘘」
「お前らが、九尾のオレにしてきた仕打ちを、忘れたわけじゃあるまい」


 言われて、ハッとした。器として選ばれた彼が、里の人間から忌み嫌われ、ずっと迫害されて生きてきたことを。も知らないわけではなかった。


 しかし、そんなナルトが。強い意志を貫き通し、笑顔を忘れずに生き抜いてきたことを、は心から尊敬していた。これだけの仕打ちを受けながらも、前を向いて歩くことの出来る彼が、純粋に好きだったはずなのに。





 どちらが本当のナルトなのか。には分からなくなっていた。






「オレは……馬鹿でなければならなかった。何も知らない顔をして、笑って、何も知らないフリをしなければならなかった」
「何を言って……」
「アンタも、あいつらと同じだろ?」


 卑屈で、捻じ曲がったナルトの一面に、かける言葉も見つけられない。ナルトは、最後に再び微笑むと、外していた血のこびりついた面を自らの顔につけた。


「じゃあな。




 フッと気配が消えると。はその場に倒れ込んだ。


 何も考えることが出来なかった。



 ただ……唇に残る感覚だけが、やけに鮮明だった。
















「ナールート!!」
「わわ、サクラちゃん! こ、今度はちゃんと……」
「これのドコがちゃんとなのよ! アンタこの間さんに教わってたでしょ!」
「お、教わった通りに丁寧に書いたってばよ!」
「そっちじゃない! 誤字・脱字が多すぎんのよ、アンタは!」
「うわあああっ! サクラちゃん! インク投げんのは反則!」


 ぎゃあぎゃあと言い合う声のこだまする、受付の場面に。またも出くわした。今度は昼間で、一般人の姿もあり、回りも何事かと渦中の2人に視線を向け……事情を知る忍たちは、一旦改めようとそそくさとその場を後にしている。

「あ、! 助けて!」

 ひょいっと軽く投げられたインクを交わし、サクラから逃れるようにして、の背中に回りこんだナルトは。あの夜の出来事が夢であると思わせるような素振りで、普段と変わらないドタバタぶりだ。


「まあまあ、サクラちゃん……」
「いくらさんの頼みでも、今度という今度は許せないです!」
「それも分かるんだけどさ」

 ちらりと背後のナルトを見ると、情け無い顔で眉を寄せて、まるですがる子犬のような目をに向けるだけだ。

「仕方ないなあ……サクラちゃん。その報告書、こっちに頂戴」
「え? あ、はい」
「ナルト。今度は内容を見るから。行こ?」
「わーい! 、だから好きだってばよ!」

 がばっと抱きついてくる大きな犬のようなナルトに、目を細めた




 ナルトがあの冷めた瞳で、彼の内に眠る一面を見せるのは。きっと暗部の任務時。または、一人で居るときだけなのだろう。

 ならば、知らないフリをする。それがに出来る唯一のことだと思ったから。


 ナルト自身がシラを切るつもりなら、とことんまで付き合ってやろうではないかと、あの夜に誓った。








 そう。


 ナルトがあの時、仮面を外し。にあの姿を見せたことには、何か意味があったのだと思えてならなかったから……。















 どんなナルトでも。

 彼が、何を背負っていても。




 それでも。


 好きだと思えたから……。






 彼の心の闇も、悲しみも、怒りも、そのすべてを。

 受け止める決意なら、とっくに出来ていたのだから。



















スレナル紹介……みたいな話になってしまいました。
しかも中途半端。
まあ、当然。
続編あり、です。

でも長くなっちゃったので、一旦ここで切りました。

スレナル小説を他サイトさまで読んだ瞬間から、
ナルトに対しての愛が我慢できないほどになってしまいました。
あたしは結構、主人公に惚れることが多いのですが、
下忍は絶対に手を出さないと思っていたのに……。







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