「やっと見つけた」



 その声が聞こえた時。あたしはいつものように、自身の勤める宿の前で、掃き掃除をしているところだった。


 耳をついた懐かしい声に、顔を上げると。


 音もなく、気配も感じず。そこに、久しぶりに見る親友の姿があった。




「……!!?」


 忍衣ではなく、着物の裾を上げた旅装束を着てはいたが、あたしが姿を見間違えるはずはない。



 驚きに、思わず目を見開いて。

 何か言葉をかけようとして……呑み込んだ。




「オマエが死ぬなんて有り得ないと思ったけど、相手があのうずまきナルトとうちはサスケだったと聞いてたから、無理だと思ってた」
「…………どうして、ここが………」
「聞いてきたに決まってんでしょ」
「誰から?」
「当然。オマエを殺したはずの、うずまきナルトからだ」
「!!」


 うずまきナルト。その名前を聞いて、動揺しないはずがない。




「探したぜ。
「………テマリ」



 据わった瞳で、勝気に微笑んだ彼女……あたしの親友、砂の上忍のテマリは、声を潜めながらもはっきりと言い放った。













忍としての道 2


第1話









 旧知の友人がわざわざ訪ねてきたということを宿のおかみに告げ、特別に仕事を休み、あたしはテマリと共に宿場町の外れへと場所を移した。


 死んだはずの自分を、まさか彼女が探しにくるなどと夢にも思っていなかった。

 と同時に、驚きと不安は隠せなかった。




 気にならなかったわけではない。砂の里を揺るがす、内紛の情勢を。

 わざわざあたしを亡き者にしようとした、現風影の思惑が見えなかったのだから。



 激減した砂の里の忍は、個々のレベルの高さを追求してきた。忍一人の命は貴重だ。たとえそれが、派閥の分かれた忍であったとしても。

 なのに、風影は暗部を使って、あたしを殺そうとした。






 それが……現実だ。




「何チンタラしてんだ。こんなところで」
「……」


 自分にだって、ここは居るべき場所じゃないとは分かっている。

 でも、何故か動けないのだから仕方がない。


は死んだ。里の慰霊碑にも名が刻まれ、アンタは実質死んだ人間だ。で、砂から抜けたアンタが、あんなシケた店の掃き掃除すんのが、ここまでしてやりたかったことかよ?」


 違う。そんなことはない。でも、現実にやってることは、それ以上でも以下でもなくて。何かを探して生きているはずなのに、時間に流されているだけのような気がする。




「何してんだ? 



 なんて答えて良いのかも分からないまま、あたしはテマリを直視することは出来ず、終始視線を外したままでいた。




 痛いほどに、彼女の目線を感じながら、かといってこれからどうしたら良いのかも分からなかった。





 迷いは、消えない。

 この場所から、動けない。




 だってあたしの中での、ナルトの存在は、日増しに大きくなる一方だったのだから。


 けれど、砂の里の上忍であったあたしが、木の葉の里の忍であるナルトと、どうこうなれるわけでもなく。答えが出ないまま、女々しい毎日を送っている。









 そんなはっきりしない様子のあたしに、テマリは一つ、大きくため息をついた後。吐き出すように言った。



。アンタの情報収集の能力を、買いたい。是非、あたしたちに……我愛羅に協力してくれないか?」

「……え、我愛羅?」


 そこで初めて、あたしはテマリを直視した。

 辛辣な表情を浮かべる彼女と、初めて対面する。


「何か…あったの?」


 妙な胸騒ぎを覚えて、あたしはテマリに聞くと。テマリは、ポツリポツリと状況を説明し始めた。


「内乱が起きかけてるんだ。風影と、我愛羅との間で。勢力は大分前から二分しつつあったから、大して驚いちゃいないけどね。でも、どうやら奴ら、砂の里以外の勢力を巻き込んだみたいなんだ」
「里以外の勢力?」

 そんなことは初耳だった。内乱、とばかり思っていたからだ。

「ああ。確実にな。この間襲われた時も…里の奴らと、他にどこの誰とも分からない人間が一緒にいた。ちょっと調べてみたんだが、どういうルートで接触してるのか、全くつかめないんだ」
「……」
「しかも運の悪いことに、奴ら、砂の里に訪れていた、火の国の特使を傷つけたから始末におえない。火の国から直接風の国に抗議文が届いてね。木の葉が動くときたもんだ。その鎮圧のために、あたしたちが木の葉にきたってわけだ」
「随分なオオゴトになってるのね」
「ああ。だからこそ、アンタがこんなところにいるなんて、アタシには許せないのさ」
「………………テマリ」
「問題はすでに外交問題にまで発展してる。。アタシたちに協力してくれないか?」


 テマリの言葉に、あたしはちょっとだけ考え込み、疑問に思ったことを口にした。

「ね。その火の国の特使が襲われたのって、いつ位?」
「え? ああ、そうだな。オマエが里を出てから、しばらくしてのことだ」

 だから……か。

 里はあたしを、捨て駒にしたんだ。



 風影が、木の葉にあたしの情報を漏らした。それは、火の国の特使を襲ったのは、里の裏切り者だという根拠を持たせるため。その上で、木の葉の上忍が調査に乗り出したところに、砂の暗部に裏切り者の抹殺という名目であたしを殺し、木の葉を安心をさせる、という作戦に切り替えた。

 が。この砂の風影の目論見は、崩れ去ってる。何しろ、あたしはナルトやサスケにすべて告白しているのだ。自白剤まで用いられて。あたしが、この火の国の特使を襲った忍でないということは、木の葉に筒抜けのはず。

 けれど。

 当初、あたしの利用価値はこの捨て駒ではなかったはずだ。計画的なことなら、尚更あたしを捨て駒にするために、適当に木の葉の勢力調査を向かわせたとは考えにくい。何故なら、砂の忍との定時連絡はかなり頻繁であったし、何よりも木の葉の里に向かうことを禁じられていたからだ。

 そう。普通の戦力調査なら、木の葉の里に忍び込むのが一番であるのに。あたしはそれを禁じられていた。だからこそ、あんな田舎町にある分署から当たっていたのだから。


 他にあたしの利用価値はあった。けれど、タイミング良く、あたしが木の葉の戦力調査を行っていたことから、罪を被ってもらうにはちょうど良いと考えたんだろう。




 じゃあ、当初の目的って何? あたしが木の葉の戦力を調べ、風影に報告することでの、風影のメリットは?




「……テマリ」
「ん?」


 考えれば考えるほど、納得がいかない。こんな風に巻き込まれて、このままで良いなんて思えない。


 だったら。やるべきことは、一つだ。




「協力、するよ」
「…………そうこなくっちゃな」
「どこまで出来るか分からないけれど………」
「情報収集に長けてるアンタに、集められない情報なんかないでしょ」
「買いかぶり過ぎだよ。あたしは、そんなに凄くない」

 そう。忍として一人前なのだとしたら………ナルトに心を奪われるなんていう失態、決して起こさないだろう。


 そして、利用された挙句、里で死んでることにされている自分の今の状況を、放っておくはずがない。




「テマリはこれからどうするの?」
「ああ、一旦、木の葉にいる我愛羅と合流する」
「木の葉……か。我愛羅の他には?」
「カンクロウがいる。が、ヤツは今、風の国の首都に向かい、主に事情を説明しに行ってる。それと木の葉から、人員を借りる予定だ。が、内密にってことになるだろう。何しろ、風影が火の国との条約を破って独走してる状態から見れば、あたしたちは木の葉にとって敵だしな。砂の分裂の内情を知っているとはいえ、表向きの協力体制は不味いだろう」

 内密に、か。とはいえ、随分木の葉の事情に詳しそうなのは何故かとテマリに聞くと、昔、色々とあってね、と言葉を濁した。




 でもなんだかんだ言って、我愛羅とテマリとカンクロウって、いつも一緒なんだよね。こんな時に信頼できる人がいるって、なんて幸せなことなんだろう。


 すごく、羨ましかった。

 離れて行動をしていたとしても、信じあえる絆が、3人の中には存在する。




 あたしは……いつだって一人だったから、余計にそう思えた。






 物心つく前から、あたしは忍としての教育を受けていた。あたしはエリートであったらしい父と母の子供だったので、かなり期待されて育てられていたようだ。



 何故憶測でしか物を言わないのかというと、それがあたしの見た現実じゃなかったからだ。気が付いたら、父も母も戦で命を落としており、あたしの面倒は当時の風影様が見てくれていた。


 その御方も……大蛇丸に殺されてしまったが。




 大蛇丸が元は木の葉の里の忍だったからといっても、木の葉を恨むつもりはない。大蛇丸の木の葉崩しは、奴が木の葉を抜けた後の話だし。それにあたしはもう、他人に面倒を見てもらわなくても生きていけたから。



 そう。あたしはそれから一人で生きてきた。砂の忍であった頃も、今も……。


 確かに、テマリはあたしによくしてくれたし、ご飯を食べに行ったりしたこともあった。でもそれは、わざわざ約束してのものではなく、任務帰りに偶然一緒になった際に、話の流れでそうなったことがほとんどで、友達というよりは、忍仲間。しかし今はもう……同じ里の忍でもなくなってしまったが。




 それでも、今の自分が何かの役に立つのなら。

 協力したいと切に思った。



「分かった。テマリ。2日後の正午、木の葉に行くから。それまで悪いけど時間を頂戴」
「よし。じゃあ、門の前で待ってる」
「うん」


 テマリは安心したように笑い、次の瞬間には風に溶けていた。

 印を結ぶことさえしない。風を操り、風に愛される彼女らしい姿の消し方に、あたしは思わず苦笑した。







 ……木の葉へ行くことに、まさかなろうとは。

 それに、あたしがここにいることを、ナルトから聞いてきたのだと、彼女は言っていた。







 思わず、唇を噛み締める。







 あの時の熱は、時間が経った今でさえも、冷めることはない。だからこそ、あたしはここから動くことが出来なかった。



 理由は……すでに分かってる。

 ………彼が、好きだからだ。




 答えなんて、実はもうとっくに出てる。それでも、すべてを投げ捨てて彼のところへ行くことが出来ない理由は、到底、ナルトがそれを望んでいるとは思えないから。


 ナルトにとってあたしは……一時の時間を過ごす相手だった。


 ……恋愛対象じゃない。



 もし、ナルトの心の中にあたしが入り込む余地があったのだとしたら、きっと、この1ヶ月の間に、彼はあたしに会いにきてくれただろう。


 それが一切ないということは……あたしは、彼にとって望んだ相手ではなかったということ。







 だから。

 彼に会うのが、怖かった。

 もし、無視でもされようものなら、きっとナルトの目の前で泣き出してしまう確信があった。



 感情を殺すのには、慣れていたはずなのに。

 自分が自分じゃなくなっていくようで、どうしたら良いのかさえも判別がつかなかった。






 でも、このままじゃいられない。

 いつまでの引きずっていたって、現実が変わるわけじゃない。



 あたしとナルトが一緒になることは、有り得ない未来なのだから。








 テマリ達に協力し、すべてが終わったその後は、旅に出よう。そして、あたしのことを誰も知らないどこか遠くで、今まで出来なかった、普通の暮らしを営んでいこう。






 そう……心に決めた。


 だからこそ。


 あたしはもう、迷わないと誓った。

 もしナルトに会う機会が訪れたとしても、笑顔でいよう……と。




















 2日後。

 宿場町で勤めていた宿を辞め、あたしは木の葉の里の入り口へとやってきた。


 遠くに見える、火影岩。市販されている、ガイドブックある通りの門構え。







 ここが……木の葉の里。

 ナルトの、里。






!」
「テマリ……待たせてゴメン」
「いいや。時間通りだったさ。とりあえず、火影様のところへ行こうか。紹介も兼ねて」
「うん」


 テマリの案内で、火影様の屋敷へと向かう。その道すがら、前を疾るテマリがあたしに聞いた。


「アンタ、額あては?」
「…………」
「もう、砂の忍じゃないからかい?」
「うん……あたしは、死んだ人間だから」


 本当であれば、見える位置に忍の証をつけなければならない。でも、あたしはそれをしていなかった。

 もう砂の忍じゃないのだから、捨ててしまおうかとも思った。でも、それが出来なかった。


 当然装束も、砂の忍服ではなく、黒のTシャツに、両腕には黒の手甲付きのアームガード。下はスパッツにの上にミニスカートをはき、足首までのマントを羽織っただけの格好だった。




「……でも、火影様に紹介する時には、砂の忍だって言うからね」
「うん。それで良いよ。額あては一応あるし」
「けど、しないって言うんだろ?」
「…………」




 テマリの言葉に、あたしは何も言うことが出来なかった。その内、火影岩のふもとにあるお屋敷に到着し、木の葉の忍らしい人間とテマリが話をつけ中へと通されると、訪れた一室にズラリと一同が会する場所へと通された。


 部屋は、広いという印象しか受けなかった。

 奥には長机が置かれ、窓を背にこちらを向き、6人のお偉いさんと思われる重鎮が出揃っている。その両脇には、側近なのだろう。数名の忍が寄り添うように立っていた。



 その人間の中に、知っている顔はいない。


 若干背筋が緊張したが、その程度だった。






「アンタが、かい?」


 長机の中央に座る若い女性が、言葉を発する。位置から考えて、彼女が火影かと思われたが……風影様のように、傘もかぶっていなければ、年寄りでもないことに驚いた。


 木の葉崩しの後、火影には女性がなった、ということは聞いていたけど、まさかここまで若いとは。



「はい。お初お目にかかります」
「良く来たね。アタシは五代目火影だ。事情は聞いてる。濡れ衣をきせられたらしいね。難儀なこった」
「お気遣い、ありがとうございます」
「まあそう、かたくなるな。それで、テマリからは状況は聞いてるね?」
「はい」
「よし。じゃあ早速で悪いが、砂の風影に力を貸している勢力は何なのか、探ってきてもらいたい。何しろ、木の葉としても大っぴらに行動は出来なくてね。表向きには、火が風に抗議してはいるものの、犯人は砂と決まったわけじゃない。まあ……砂はアンタを犯人に仕立て上げるつもりだったらしいが、な」
「……では、未だ見当はついていないのですね………」
「まあな。特使が襲われてから、四方に暗部を飛ばしたが、得られる情報はなかった」


 苦々しくため息をつく火影様の姿に、あたしはふと疑問に思った。



 木の葉の暗部が飛び回って、見つけられない情報なんて、あるのだろうか?

 情報には、必ず確信へ繋がる道がある。その道を見つけることが出来れば、得ることは比較的容易い。ということは、暗部がおこなった諜報先には、その道が無かったと判断して良いだろう。



 ……木の葉の里の勢力を駆使しても、まだ犯人が分からないなんて……なんだかおかしくないだろうか?






「里の内部は?」
「………そりゃどーいう意味だい?」
「気を損ねられたようなら申し訳ありません。木の葉の里の内部調査は、行われましたか?」
「そりゃ、砂と木の葉が裏で手を組んでるかってことを聞いてんのかい?」
「はい」



 あたしの言葉に、火影様は眉間に皺を寄せてあたしを睨んでいたが、しばらくするとため息をついた。



「木の葉の忍が、火の国の特使暗殺未遂事件に絡んでいたとなると、問題になるねえ。こりゃ……」


 独り言のようにつぶやくと、火影様があたしがさっき入ってきた扉に向かって『おい!』と叫んだ。すると、失礼しますと声がして、誰かが中に入ってきた。



 テマリが後ろを見る。それにならうようにして振り向いたあたしは、そこに居た人物を認めた瞬間……一瞬だけ自分が火影様の前にいることなど忘れ、大きく目を見開いてしまった。








 扉を開けて入ってきたのは……。





「こいつの名はうずまきナルト。まあ、紹介するまでもないかねえ。面識があるようだしね。どうしようもない馬鹿だが、腕はたつ。それに情報に関しては、信頼も出来る。捨て駒程度には使えるから、好きにしな」
「ひっでー、綱手のばーちゃん。もうちっとマシな紹介の仕方はねーのかよ」
「お前のそのへらず口を直してからいいな。それと、ばーちゃん、なんて次に言ったら殺すよ?」
「へいへい。気をつけますよーだ」


 ナルトが、火影様から視線をはずし、あたしを見た。視線が交わる。逸らせない。





 その時になってようやく、自分が彼にどれだけ会いたかったのかを自覚する。


「よ。久しぶりだってばよ。
「……………」



 思わず緩んだ涙腺を引き締め、あたしは絡まった目線をあわてて外した。




 ああ、そうか……そうだよね。




 動かない表情。出会った時のままの笑顔。何事もなかったかのように声をかけてきたナルトの言葉に、ナルト自身の中では、あたしはすでに過去のことになっているんだと、自覚した。



















原案を作った当初は、原作はまだ第一部で、
しかもナルトがサスケを追っかけているところでした・・。
なのに、二部になったら風影が・・・・。

ああ。あたしの間抜け。
でも、要望が多かったので、掲載させていただきました。

原作とはかなり設定が異なりますので、
その辺はご理解いただければと思います。

連載、開始です!


2005.7.30






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