その狐の面を被った金髪の暗部は、仲間内からも特に恐れられる存在だった。
圧倒的なまでの強さと。
鋭利な刃物のような鋭さと。
仲間の命さえもいとわない残忍な言動。
彼は、火影様の意向もあり、チームで動くことをせず、いつもは一人で行動していた。
だからごくごくたまに、彼と一緒の班になったりすると。
「随分とスカしたこと抜かしてくれるじゃねえか」
「……餓鬼みたいに吠えるな。鬱陶しい」
「ああ! 喧嘩売ってんのかよ、てめえ!」
「忍のくせに、ぎゃあぎゃあと喚くんじゃねーよ。みっともねー」
………今、あたしの目の前で繰り広げられているようなことが、日常茶飯事になるようで。
はあ、と深い溜息をつくと共に。
「どうでも良いけど、ちょっと静かにしてくれない?」
闇に紛れて隠密行動を共にする仲間を、あたしが叱咤するのがお決まりになってきたりするのだ。
太陽
3人でチームを組むのは、今回が初めてじゃない。
だが、この2人。どうにも折り合いがつかないようで、寄れば触れば何かにつけて、黒髪の男が金髪の男にくってかかり、口論が絶えない。
黒髪の男は『戌(いぬ)』と言い、金髪の男は『寅(とら)』と呼ばれているのだけれど。これは暗部としての通称、みたいなもので、当然本名じゃない。
面で顔を隠しているため、木の葉の忍であるという事実以外、彼らが誰なのかをあたしが知る術はない。声も面を通すために、くぐもっていて判断がつかないし。
だが、こうして口論を続けるわりには、実戦では抜群のコンビネーションを発揮したりもするので、もしかしたらこの2人、お互いが誰かを分かっていて言い合っているのかなと、漠然と感じてはいた。
「へっ。売られた喧嘩を買うお前も餓鬼だってことだな」
「ここで決着を着けたいなら、付き合うぜ」
「望むところだ!」
「〜〜〜何度言ったら分かるの。もう、いい。ここで解散」
この時。あたしたちは、任務を終えて木の葉の里に戻る途中だった。
木の葉の里までは少し距離があったが、追っ手の可能性もなくはない。こんな大声で言い合っていて、巻き添えをくったらゴメンだ。
とばかりに、あたしはこの2人から離れることにした。
「報告は、あたしがしておくから」
「お、おい!」
一言残して、『戌』があたしを制止する言葉も聞かずに、走る速度をはやめた。素早さなら、かなりの自信があったから。回りに一応の注意を促しながらも、里へ向かう。
その日は、満月。雲ひとつない夜空には、月しか浮かんでいなかった。月の放つ明かりがすべてを支配して、星の光を消してしまっている。
ふと。その場に立ち止まって。あたしは、わき道に入ってから動きを止めた。
背の高い木々の向こうには、淡く輝く金色。ぼんやりと霞む輪郭に『寅』の髪を思い出す。
今日の暗殺の任務も。まるで殺しを愉しむかのような『寅』の殺害方法には、正直足が竦んだ。命乞いをした人間を、何のためらいもなく殺せるなんて、すでに人間じゃないような気がする。
修羅場は潜り抜けてきてるつもりだけれど、彼の強さは圧倒的で。味方で良かった、と感じたこともあったけれど、その考えはすぐに否定した。彼は、こと相手の息の根を止める、ということに関しては、手段を選ばないのだ。
……民間人さえも、簡単に殺してしまうことだって、多々あった。
仲間なのに、仲間じゃない。
けれども。
―――……面の下で、泣いているように思えるのは、何故だろう?
「帰らねえのかよ?」
「!!」
回りには注意を払っていたはずなのに、すぐ耳元で聞こえた声に、あたしは驚いて振り返った。こんなに近くまで接近されたことに気が付かなかったなんて、失態も良いところだ。
すぐ間近に気配もなく立っていたのは『寅』だった。
「『寅』……アンタこそ、帰らないの?」
「こんなとこで油売ってる奴の姿が見えたからな」
「『戌』は?」
「先に帰した」
「……そう」
わき道に入ったところを見られていたのだろうか。でなければ、あたしに気が付くはずはなかったから。
それから、あたしと『寅』は、会話もせずに沈黙した。あたしは月を見上げ、彼もあたしの目線を追うようにして月を見つめている。
緩やかで穏やかな空気の中に続いた沈黙が、しばらく続いたその時。
「人を殺す時……アンタは何を考えてる?」
「?」
突然『寅』が言葉を紡ぐ。あたしは月から、彼に視線を向けた。
「オレは……すげえ嬉しいって思ってる」
「……え?」
何のことを言っているのか分からず、あたしは驚いて声を上げてしまった。仮面の奥で、あたしの様子に彼が微笑んだ気がした。
「生きてることが、実感できるから」
「…………だから、ターゲット以外の人間も平気で殺すの?」
「ああ」
自分の言葉に、迷いもなく曇りもなく。そう話した彼に、寒気がする。彼にとっては、他人の命を奪う行為は、自分の生を確認できる、唯一のものだと言い切ったからだ。
そんな安易な手段で、自分の生を実感するなんてこと、馬鹿げてる。
「貴方には……愛する人はいるの?」
「……え?」
「いるの?」
「……オレには、オレしかいない。いつだって……。そう、これからも」
「家族は?」
「ない」
「恋人は? 仲間は?」
「なあ、それよりさ。愛するって、ナニ?」
「!?」
なんて。
なんて、可哀想な人なんだろう。
これはきっと、冗談なんてものじゃなく。本当のことだから……。
だから、彼には人が平気で殺せるのだ。
「人を愛したこと、ないの?」
ただ、彼を見つめて。
彼も、あたしを見ている。
静かに。
ゆっくりと頷き。
面の奥で、笑い声を漏らしたから。
あたしは思わず、本音を漏らした。
「随分と安いのね。貴方の命」
命なんてものには、値段はつけられないけれど。
思わずあたしが発した言葉に、それまでの笑いが凍り、逆に身体から殺気がにじみ出てくる。あたしには彼のその反応が、嫌に人間らしく思えて、今度はこっちが微笑んでしまった。
が。彼には同じく面をつけているあたしの表情なんて、分かるはずもなかったが。
「他人を殺して得る充足感で満足できるような、そんな簡単な命なんだ。だったら、貴方の価値もその程度のものじゃない?」
「……………………」
「あたしは、自分にとってのこの命に、満足出来たことなんてない」
忍となり。数多の戦場を乗り越えれば、乗り越えるほど。
自分が生きていることに、実感が持てなくなる。
現実的に、任務をこなす毎日さえも。
夢ではないかと思う気持ちがあった。
「そして。あたしは……人を殺すことに、何とも思ってない。それだけよ」
殺めた命の分も生きることが、償いだと思っていた。
命を奪った瞬間に。相手の魂が、自分の中へと入ってきて。そこで生き続けるものだと納得した時期もあった。
でも。そんなのは偽善だ。
残される者にとってしてみれば、大事な人が死んだ時点ですべてが終わってしまっているのだから。いくらあたしがその命を背負って生きて行こうだなんて思ったところで、ただの自己満足で終わってしまう。
殺した事実は、どんな方法を持ってしても、拭えるものじゃないから。
「じゃあなんで、躊躇うんだ?」
「躊躇う?」
「何とも思ってないのなら、殺せばいいじゃねえか。殺らなきゃ、こっちが殺される。所詮は弱肉強食の世界だ」
「…………………………」
「アンタは、人を殺すことに一瞬だけ躊躇うよな」
指摘されてしまったことが事実なだけに、あたしは言い返すことが出来なかった。
……何とも思っていないワケじゃない。何も思わないようにしている。それが正しい答えだ。
敵との命の駆け引きは、忍であれば日常茶飯事なこと。避けては決して通れない道。
なのに……あたしはいつも考えてる。もし……相手の帰りを待っている人がいたら、どうしようって。
生きたいと思っているのは、何もあたしだけじゃないのだから。
だからこそ、刹那の時間……あたしは相手の身体に刃をつきたてることを、躊躇する。
「その一瞬が、命取りになる前に。辞めれば? 忍」
「……アンタに言われる筋合いはないわよ」
「オレは親切で言ってやってんだけど?」
「うるさいわね」
「じゃあもし、仲間がやられそうになってる時も、アンタは躊躇うのか? 敵を倒すこと」
「………その時には、躊躇わない」
「へえ。普段出来ないことが、いざとなったら出来るなんて思うんだ。随分オメデタイ頭してんな」
面の奥から、キッと『寅』を睨むと、彼はあたしの視線を真っ向から受け止めていた。
「どこの誰かも知らないアンタに、エラソーに説教される覚え、ないんだけど?」
「……オレは知ってるぜ。、サン?」
「!!」
『寅』にいきなり本名を言い当てられ、あたしは息を呑んだ。だって、暗部装束の時には面を外したことなどなかったし、誰にもあたしが暗部だということは言ってない。知るのは火影様くらいなものだ。
「オレが誰か、判らない?」
「……………………」
『寅』はさも可笑しそうに、くぐもった声も漏らす。悔しいが、あたしの知り合いにこんな性格の悪い金髪の男はいない。金髪、という人間だったらいるけれど、ここまで性格の悪い相手ではないし。
『寅』の手が、あたしの面へと伸びる。一歩身を引いてその手を振り払おうとしたが、逆に手を掴まれてしまい、強引に面を弾かれてしまった。
「!?」
それまで顔を覆っていた圧迫感がなくなる。狭かった視界が、クリアになっていく。
「………ほら、当たった」
いたずらが成功した子供のように楽しそうな笑い声を上げながら、『寅』は自分の面に手をかけた。
………――――――――瞬間。
青い瞳と、視線が絡む。
唇に、柔らかい感触が降ってくる。
後頭部を押さえ込まれて。
呼吸さえも、呑み込まれて。
その場から一歩も動けずに。あたしは自分に何が起きたのかを理解するのに、数秒を要した。
キスをしていた。
「……っ!!」
唇を噛み切ってやろうとしたが、さらに深く口付けされた。抑え込まれた頭と腰に力が入る。口内を這い回る舌があたしのと絡まり、唾液が卑猥な音を立てる。
逃げようと引っ込めてはみても、簡単に追いつかれ、絡め取られて。呼吸を求めて鼻から吸う空気さえ、肺に届かないほど激しく。すべてを吸い尽くされてしまうかのような錯覚に陥る。
動物的に貪る彼のキスは、抵抗という空しい行為さえも許してはくれなかった。誰とも知らない男に、こんな屈辱を受けるなんて、信じられないことではあったが。
ようやく唇が離れ、月明かりに照らされた彼の表情を見上げた時、あたしは驚きで声が出ないほどだった。
…………うずまき、ナルト……。
彼は、木の葉の里でも有名な上忍だ。
直情的で、真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐで、明るく元気で顔立ちもそこそこのため、里の女のコたちからも人気の彼。『九尾のナルト』として里の内外からも恐れられているなんてことを感じさせない彼は、仲間からの信頼も厚かった。
そんな、うずまきナルトが。
『寅』の正体だなんて信じられなかった。
「そんな中途半端な気持ちで任務してんなら、やめちまえ。てめえのせいでオレたちが命落としたら、どう責任とってくれんだよ」
「…………………………」
「次に暗部装束で出会ったら、ただじゃおかねえからな」
「…………なんで……」
「邪魔なんだよ。お前」
なんでそこまで彼に言われなければならなかったのかは分からないが、ナルトはそう吐き捨てると、面を被って走り出して行ってしまった。
消えた気配を探して、呆然とその場に座り込んでしまった。
何が起きたのか……全く分からない。
「お。こんなところに居たのか」
「『戌』?」
入れ替わるようにして、先程まで姿の見えなかった『戌』があたしに飛び寄る。
「面、どうした? まだ里までは距離があるぞ?」
「……あ」
自分が面をつけていないことにハッとして、あたしは素早く面を拾いに行き、すぐに目的のものを見つけて被った。
「驚かないのね。あたしの正体を知って」
「あ? ……まあ、知ってたからな」
「え?」
「『寅』が言ってたからな」
『寅』……ナルトが?
確かに、あたしとナルトは普段からよく話すし、仲が良い方だと思う。同じ時に上忍となって、何回か任務も一緒にこなした。
でもそれは、明るく、夢は火影だと豪語する彼であって、あんな風に人を殺す彼じゃない。
言葉使いも態度も、明らかに普段の彼とは違ったから……。正直に、戸惑いは隠せなかった。
「『戌』は……『寅』の正体を知ってるの?」
「………まあ、な」
「じゃあ『寅』も、貴方が誰だか分かってる?」
「はっきり聞いたことはねえけど」
「そう……」
知らなかったのは、あたしだけ……ううん。違う。彼が誰かを知るのが、恐かったからだ。
もし、自分に近い人間だとしたら、あの残忍さを許せなくなってしまっただろうから。
……でも。
触れた唇は暖かく、確かな体温を感じた。
彼の正体がナルトで、その彼とキスをしたのだと今更ながら認識すると、身体中の血管が粟立ったような気がした。
……まるで。
それは、初めてヒトを殺した時の衝撃に似ていた。
なんて中途半端な!
という区切り方ですが、この先がまったく思いつかなかったんです(泣)
やればやったで長編になりそうだし、
なので強制終了。
これで終わりです。
スレナル用に考える話は、すごく話が長くなって困ります。
今度パラレルに手をだそうかと思ってますし。。
ところで・・・『戌』が誰か分かっていただけましたか・・・?
今更不安になったり(苦笑)