正直。俺は、そこまで自身の感情のことを、考えていなかった。


 彼女の両親と名乗る人たちや、綱手のばあちゃんの話す『』の存在。

 意図的に記憶喪失と言い、何か隠していること。

 そしてその内容を、決して話そうとしなかったこと。


 これらの状況と今までの経緯から、事件に関わっているからこその言動だと、錯覚した。だから、敵かもしれない懸念を拭うことは出来なかったし、正直……多少傷つけても、吐かせなければならないと思っていた。

 の情報の中に、この失踪事件へのとっかかりが隠されているかもしれないとすれば、尚更。



 けれど。俺は、見ていたはずだった。


 初めて会った時、震えてたこと。

 森から里へ移動している最中も、不安に怯えてたこと。

 『』と呼ばれた時、ひどく慌てていた様子を。



 ……見ていたのに。俺は何も本当のことを見ることが出来ていなかったのかと、悔やんだ。












狭間での出会い

ナルト編

4














!!!」


 姿を見付けて、叫んだ時にはすでに遅かった。

 手を伸ばしたけど、全然届かなくて。

 声が、激しく響いた水飛沫と水音にかき消される。




 他に人通りもない、郊外の川。




 まさか。

 火影の屋敷を飛び出したが、橋げたに足をかけ、川の中へと身を躍らせるなんて。俺だって想像してなかった。



 だから、ひどく驚いた。が、まさか自殺をするほど精神的に追い込まれていたなんて。想像してなかったからだ。


』という人物が、ではないと思えたはずなのにも関わらず、他の個人であるということを、どこかに消し去ってしまっていた。



 当の本人にしてみれば。

 個人を否定されたことが、そこまで大きなショックだったのか。


 確かに、火影の屋敷を飛び出したは混乱していたけれど。

 飛び降り自殺するなんて、誰が思うかよ。



 水温は、低い。年寄りなら、一瞬で心臓麻痺を起こすくらいだってばよ!?

 慌てて印を結んで、後を追ってを救い上げる。

 正直、水遁は得意じゃない。でも、無我夢中だった。



 なんでだよ!

 なんで死のうとなんてすんだよ!

 そんなにショックな出来事だったのか、その理由も、何もかもが理解出来ないままだったけれど。命を粗末にしたことを怒鳴ると、は泣いた。


「もうやだあ……!! あたしがあたしであるかも分からない! あたしは誰なのぉ!?」

 叫ぶ声に、が何を抱え、そこまで追い込まれたのか、分からない自分が歯痒かった。


「…………泣くなってばよ」
「いやあああああっ!!」


 慰めの言葉さえ、言うことが出来なかった。 










 とりあえず俺の家まで連れて行き、びしょ濡れのままでは風邪をひくと思い、風呂に入るように促して。

 着替えを出し、風呂の前に置くと、俺は外に何か食べ物を買いに出た。

 もちろん、メモを残して。

 一人にしても、逃げる可能性はないと感じたからだ。




 この時間なら、スーパーがやってるだろうし。そこで、何か食い物と、日用品を用意しなくちゃならない。あの混乱っぷりから、こちらで身を預かると言ってみたものの、綱手のばあちゃんのトコに預けるのは不可能だ。

 

 ……どーすっかなあ……。


 理由を、早く突き止めなきゃなんねえ。

 が隠している事実。

 そこに手がかりがある。それが関係あるかどうかは、聞いてみなくちゃ分かんねーし。



 綱手のばっちゃんの命令もあるけれど……それ以上に。このままでいいはずがない。





 けれど、その答えを得る方法が思いつかない。正直に聞けば、警戒されるだけだしな。

 大した考えも思いつかないまま、スーパーに着いちまって、食いモンと、生活に必要だと思えるものをカゴに放り込んでく。

 あ。領収証もらっとこ。あとで経費で申請しなくちゃ。


 ……なんて、細かいこと考えてる場合じゃねえっての。



 方法だよ。手段。しゅーだーんっ。



 脱線した考えを、元に戻す。

 脅し……は、きかないような気がする。何しろ、自殺までするような状態だ。言わなきゃ殺すとか言ったところで、じゃあ殺してってことになりそうだ。

 他に情報を聞き出す手段は……仲間とかいる様子であれば、泳がすんだけど……ありゃ、間者とかじゃない。

 だったら、直接交渉?

 けど、素直に話してって言ったところで、話してもくれないだろう。




 ……ってえーと。


 あとは。

 あとはぁ……。



 あとは『術』か……。

 うんにゃ。それは、気が進まねえ。


 術をかけるのなら、まずは意識を混濁させる状況に持ち込む必要がある。

 身体を痛めつけるとか。

 あとは……色とか。

 色は、つまり身体の関係まで誘い込んで、意識を混濁させる方法。相手が異性であるなら、情報を聞き出す手段としては最も効果的で効率的だ。

 でも。実習もあったけれど、あれは使いたくない。そりゃ、目的のために、手段を選んじゃいらんないってことは分かるけどさ。

 実戦でも、不本意ながら何度か使ったことはあるけど、俺はあまり好かない。



 それに、相手は忍じゃない。

 ……多分、だけど。



 それに、身体を重ねるってことはさ。

 その……好き合ってこそのものだろ?


 色が情報戦に必須だってのは、嫌って程、怒られて知ってるけれどさ……俺ってば、それでも嫌で、何回か逃げ出したし。

 それにあの術だって、その時が一番かかりやすいからであって、絶対にやんなきゃ使えねえってモンじゃねーし。


 だから命令にだって、ほとんど従ったことはない。



 そのせいか、いつの間にか、色が発生しそうだと懸念される任務には、問答無用で除外されるようになった。

 

 けれど。

 この里は今、見えない恐怖に包まれている。


 子供の遊ぶ姿は消えて。往来にも人通りはまばらで。活気なんて昔に消え去っちまった。

 まるで……里が死んだように。

 喪に服すように。





















『あの娘の情報入手には、手段を選ぶな。例え一般人とて、何かに関わっていることは事実だ。隠し立てをするようなら……』
















 ふいに、ばあちゃんの言葉が思い浮かんだ。行方不明事件は、時間が経てば経つほど、失踪者が生きている確率が減っていくから。


 何かが起こっていることは確かなのに。誰もその真実に辿り着けない。

 その焦燥。




 多分、このままが口を割らなければ。拷問にかけられてしまうことは目に見えてる。



 イビキさんとがが出てくんだろうな。うわ。俺ってば、あの人チョー苦手。

 もしもの時の、その様子を想像して。軽く頭を振った。




『例え、一般人とて……』

 言葉が、想いが、繰り返し響いてくる。



 ……よし。

 もしそれが最善の方法なら。

 取るべき手段は、選んではいられない。



 とにかく、とは話さなければ何も始まらねえ。



 

 意を決して。

 スーパーを出て、俺は家への道を急いだ。


















 家に帰ると、はすでに風呂から出ていた。扉を開けた時には、後ろを向いていて。気が付いて振り向く。まだ、表情が強張っていた。


 が。そんなことは頭を素通りする程度で。何より目に飛び込んできたのは、その姿……正直、濡れ髪にドキリとした。

 動揺を思わず隠すように、声をかける。 


「お、上がったか」

 は、俺の声に振り返った。

「お帰りなさい」
「え?」

 ……一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


『お帰りなさい』なんて。

 この家に帰ってきて、今まで、言われたことなんてあっただろうか。

 一人暮らしも長いし、こうして家で待っている人なんて、今までいなかったから、なんか、妙に嬉しくて。


「……あ、ああ、ただいま。腹減ったろ? 俺、料理なんてしねえから、買ってきた」


 なんか、慌てて紡いだ言葉は、当たり前のセリフしか出てこなかったんだけど。

 なんだろう。なんか……ただいまって言うのが、恥ずかしかったんだってばよ。


「……何から何までごめんなさい。ありがとう……ナルト」

 ぺこりと頭を下げたが微笑む。

 これから自分が彼女に対して行おうとしている行為の罪悪感からか、さっきの錯乱状態から、落ち着いた様子のの笑顔を直視出来なくて。慌てて、買ってきたものを彼女へ差し出し、バスタオルを持ち、風呂場へ駆け込んでしまった。




 何、意識してんだってばよ。俺。

 女を抱くのは初めてじゃない。ましてや、任務での相手に恋愛感情なんて持ったことがない。

 そりゃ、アカデミーを卒業したての頃は、さくらちゃんが大好きだったけれど。初恋は実らないというジンクス通り、さくらちゃんは一向に振り向いてくれる気配なんてなく、俺じゃないヤツと恋人同士になってしまった。


 まあ、アカデミーを卒業してから、本当に色々なことがあって、恋愛なんて二の次で。さくらちゃんのことも、あの頃は好きで、キスとかも想像したりしてたけれど……あれ? そういえば、いつから考えなくなったんだろう? そういうこと。

 熱いシャワーを浴びながら、考え込んでしまった。

 そういや、俺のファーストキスは……サスケだったなあなんて、余計なことも思い出してしまい、吐き気に口を押さえた。



 けどよ。答えなんて出るわけねーんだって。だって、思い起こしても分かんねーんだし。

 それにに対する感情は……恋愛感情とは違う気がする。

 なんつーか、単純に……欲情してんのかな。




 ……まあ、どうでもいいか。
 
 今考えるべきことじゃないと首を振って、身体を洗い、浴室を出た。




「はー。つっかれたー」

 ごちゃごちゃ考えちまったけど、やっぱり風呂は気持ち良い。

 タオルを腰に巻いて、冷蔵庫から冷やしておいた水を取り出し、飲むと。椅子に座り、サラダとおにぎりを頬張っていたが咳き込みながら、俺に向かって叫んだ。

「ごほっ…!! ちょ、ちょっと!」
「ん? ナニ?」
「ナニ、じゃなくって! 早く服着て!!」

 服?

 ああ……そっか。


 あんまし気にしてなかったけれど、顔を真っ赤にしてるを見て、恥ずかしがってることに気付いた。

 抱き上げられたくらいで顔を真っ赤にする免疫だ。当然の反応と言えば、そうか?

 ったく、別にそんな騒ぐことでもねーと思うんだけど……。

 本気で慌ててる様子の彼女に、どう流れを組もうかと思案しつつ、ベットの上にあるTシャツと下着、半ズボンをはいて、ベットに座った。

「……どーやら、落ち着いたみたいだな」
「え? あ、うん。大分」

 表情を見ると、先ほどとは違い、表情が幾分和らいでいる。

「良かったってばよ」
「ご迷惑をおかけしました」


 手始めにゆっくりと話をしながら、これからどうするか、答えを出すのはゆっくりで良いことを言うと、は、少し悲しげに微笑み、唐突に歯を磨きたいと言い、立ち上がる。

 袋の中から歯ブラシを取り出し、洗面台へと姿を消してしまった。


 その会話の中で。

 俺は、俺自身でも考えつかなかった事実に、気が付いてしまった。



 やっべえ。俺ってばやっぱり、こいつに欲情してんだ。

 姿を消す一瞬前に見せたその表情に、ドキリとしちまったじゃねーか。


 何考えてんだ。いや、違げえよ。やることは一緒だし。それは任務だからで、俺自身の感情じゃないっていうか……それならなんでこんなにドキドキする必要があんだってんだ!

 ってことは、つまり、やっぱり。そういうことなわけで。

 結論的に、そういう対象として意識し始めている自分に気が付き、急に緊張してきた。さっきは、そういうのは好きな気持ちあってのものだって考えたばかりだっていうのに。

 色なんて、普段、絶対使わない方法。だから意識してるんだと思っていたけれど……違う、みたいだった。


 じゃあ好きなのかって言われると、それも違う気がする。



 ……前にさくらちゃんに感じていた感情とは、全然違うからだ。



 っつ。やべえ。

 気を紛らわすように、テレビを付け、意味もなく番組を変えていると、が戻ってくる。

 気配を無視して、テレビに目を向けていると、名前を呼ばれたが、自覚した以上に動揺してて、視線は向けられなかった。


「あの……ナルト」
「んー?」
「いきなりで申し訳ないんだけれども、今夜……出来れば泊めてほしいんだけど」

 !?

 ごくっと喉が鳴ったことを悟られないように、表情は変えなかったが。


「別にいいってばよ。ただ……男と女が一つ屋根の下にいる意味、分かって言ってるよな?」


 飛び出してきたその言葉に、多分、言葉を失ったより、俺の方が驚いていたと思う。



 いや、俺。それはないだろ。

 直接的過ぎだって。

 そういうんじゃなく、もっとこう……さらっと格好良くいかないのか!?


 
 でも。

 それは、任務だからっていうよりも。本能の方が勝っていることを、俺は理解している。



 を……抱きたい。

 そう思ったんだ。

 だから、俺は慌てていたんだ。



 注意深くを見ると、目を見開いて驚きを隠せない様子だった。完全に固まってる。いや、やっぱそうだよな。俺の言い方が悪かったよな。


「って、それは冗談……――――」

 仕切りなおそうと、今の言葉を濁そうとした瞬間……。

「いいよ」
「……は?」


 一瞬、意味が分からなかった。



「だから、いいよ」
「……バカ。冗談だってばよ。それに、簡単にそんなこと言うな。もっと自分を大事にしろってば」

 これには、正直に慌てた。そうだよな。死のうとつい数時間前まで自暴自棄になっていた人間に、こんな風に言うのは卑怯だと思った。

 が、彼女は首を横に振る。

「自分なら大事にしてる。だから、いいって言ったの」
「……どういうことだ?」
「綱手様も、あの両親と名乗る人たちも、あたしを『』として見ていた。でも……ナルトは、そうは思ってないでしょう? それとも、そう考えているの? あたしが『』だと思う?」




『どうか、否定してほしい』

 今、問いかけた質問を、否定して欲しいと言っているように思えたけれど、実際のところ、俺はだとは思っていない。彼女がだと仮定したところで、解決できない問題が多すぎるんだ。


 だから、知りたい。

 この言葉の奥に。

 彼女の中にある、真実を。



「………………いや。思ってないってばよ」
「だから、いいの。貴方は……ちゃんと『』を見てくれてるから。こんなあたしを、少なからず信じてくれてる」


 俺はしばらくを見つめ、ベットから身体を起こして座り直した。そして、手を差し出した。


「……来いよ」

 出した声は、震えていた。



 それは俺がこれから行う彼女の決意を裏切る行為に対しての、罪悪感が滲み出ているようだった。



 もし。違う形で出会っていたら。術なんて、使う状況になかったら。

 俺は、今この瞬間の憤りを、彼女に抱くことはなかっただろう。



 は、歩を進めてバスタオルや洗顔セットを机の上に置くと、俺の前に立った。俺はその手を取り、ベットに座るように促すと、反対側の手で彼女の頬に触れた。


 の全身が……震えているのが、分かった。

 でも、俺自身がもう、止まれないことも分かっていた。





 情報を得るために抱くのか。

 欲情したから抱くのか。

 手段がないからそうしたのか。





 多分……理由なんて、なんでも良かったんだってばよ。





 俺が、今からの気持ちを裏切ることに、変わりはない。

 を信じてるわけじゃ、ねーんだから。





 緊張に強張る唇に……ゆっくりと。





 自分の唇を、重ねた。















 そう。信じているわけじゃなかった。

 敵か味方かも分からなかったのだから……信じられるはずもなかった。



 けれど、何でなんだろうな。

 敵だとは、思えなかった。

 ただ、側にいてやりたいって……思ったんだってばよ。


























大人のナルトは、天然のタラシ(死語!?)に見えるのは、私だけでしょうか。
想像上なのですが、サスケと人気を二分するくらいの勢いで、
良い男に成長している設定だったりするのですが(笑)

でもどんなに大人になったとしても。
真っ直ぐで居てほしいなあ……(遠い目)
まあ、なら「スレナル」コーナーでやるんじゃなく、
オトナルコーナー作れよって感じなのですが。。

フフ。
検討しちゃう? 新ジャンルもなかなか増えないし。。




更新日時:2010.3.16






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