手足が思うように動いてくれない。
本当に走れているのかどうかなんて、分からない。
身体は鉛のように重くて。
確かにあんまり運動は出来る方じゃないけれど、いざって時になって、こんなに走れないものなのかな?
「ごめんなさい! 通してっ!!」
悲鳴に近い声を上げながら、人波をかきわけて、ただ走る。
どこを走っているのか、地理も分からない道。
でも、誰かを巻き込んじゃいけないと思って、なるべく人通りの少ない箇所を探りながら動く。
後ろは振り向けない。でも、サクラちゃんは走ってと言った。
ただサクラちゃんと一楽に迷惑をかけちゃいけないと思って走り出してしまったけれど、ここは結局、彼女に任せるしかないんだ。
悔しいけれど。
あたしには、戦うことなんて出来るはずがなかった。
狭間での出会い
8
突然感じた、危機。命が危険にさらされるという本能の警告。
……怖いっ!!
ナルト!!
ここへは来てくれるはずのない、ナルトの名前を心の中で呼びながら。
あたしはただ、泣き出しそうになる自分を奮い立たせて、歯を食いしばって走った。
なんでこんな目に遭わなくちゃならないんだろう。
……勘弁してよ!
あたしは一体、何に巻き込まれてるっていうの!?
平凡に生きてきて。
これからも、変わらない毎日が続くと思っていた。
自分が、こんな状況に置かれるなんて考えることさえ出来なかった。
必死に走って、逃げたのだけれど。
裏の通りに入ってすぐ。ざっと黒い影が、少し距離を置いてあたしの前に立ち塞がり、足を止めをされてしまった。
左には古い民家。右側にも民家。見通しは……あまり良くない道。
息が上がる。胸が苦しい。ぜえぜえと呼吸をしながら、あたしはその黒装束の人間を睨む。
いつの間にか、里の郊外らしいところまで来ていた。
他に人の姿は見当たらないけれど、遠くで子供だろうか。声が聞こえる。
相手の姿は、1人。
おそらく残りの2人がサクラちゃんと戦っているのだろう。
目元だけを出してる状態で、頭も口元も全てフードをしていた。
額あても……ない。
「……来てもらおう」
一歩、こちらに近づかれるかと思った瞬間、その影はあたしの目の前に居た。
「いやああっ!!」
右腕を捕まれる。振りほどこうと腕を動かしたところで、相手がチッと舌打ちをする。
「やはりマーキングされているか……」
「……え?」
「…………………………」
マーキングって……。
つまり、居場所を知らせることの出来る、印?
あたしについてるってことだよね。
そんなもの、あたし、いつ誰につけられたんだろう。でも、あたしの存在が皆に不審に思われていることは確かで。良いことであれ、悪いことであれ、何かが起こると綱手様が考えていたのなら。気付かない内に、あたし自身に何かしらの術がかけられていると思っても不思議はない。
でも、そのマーキング。
そんな簡単に分かるものなの? かけられてる本人が気がついていなかったのに?
幻術の一種なのかな?
「……離して」
心臓がばくばくいってるし、全然頭が回らないけれど。相手は、あたしの腕をつかんだままどうしようか逡巡しているように見えた。
その、妙な間。
何だか色々なことを考えられてしまい。あたしは震える声で虚勢を張ることが出来た。
「」
「……………………」
その人は、あたしを真っ直ぐに見て、声を潜めて言った。
目だけが見える格好だから、超怖い。
血走っていて、正気のようには見えなかった。
男の人だ。多少、年配のような気がする。
分かるのは、それくらい。
「……せいぜい、うずまきナルトと楽しんでおけ」
「何、言って……!?」
と言葉を発しようとした、その瞬間……!!
「しゃーんなろー!!」
目の前の男の姿が消えたかと思うと、爆風が巻き起こる。
当然、あたしの腕をつかまれていた感覚も離れる。
あまりの突風に身体をあおられ、無意識に瞼を閉じてしまい、あたしはその場に尻餅をついてしまった。
声が詰まって、悲鳴を上げることも出来なかった。
パラパラと石が、土が舞う音。あたしの身体にも当然、風に持ち上げられたそれらが降り注いでくる。
しばらくは目を開けられなくて、風が収まってしばらくして、ようやく瞼をこじ開けると。
あたしの前に立っていたのは、サクラちゃん。彼女を中心に、地面が陥没してる。そして少し距離を取って、黒服の姿。
「貴方がどこの誰か、教えてくれないかしら?」
「……………………………………」
「何故、彼女を狙うの?」
「………………」
サクラちゃん越しに、あたしは相手の姿を見る。相手は、サクラちゃんを見て、そして震えるあたしを見るとそのまま風に溶ける。
「逃がすかあ!!」
サクラちゃんが駆け出すが、相手の方が一瞬早い。その姿を捉えることは出来なかった。
しん、と辺りに静寂が戻る。そして再び、遠くで子供の声が聞こえた。
今度は、はっきりと聞こえる。
お母さんって、母親を探す声だった。
サクラちゃんはしばらく辺りの気配を探った後、すでに相手がその場にいないことを確認したのだろう。へたり込んでいたあたしに目線を合わせるようにして座った。
「……サクラ、ちゃん……」
「遅くなってごめんなさい。怪我はありませんか?」
「あたしは無い……って、サクラちゃん!! 怪我してる!」
彼女の左腕の二の腕から、血が流れ出ている。刃物のようなもの……クナイなのかな。傷つけられていたのだ。
ざわっと悪寒がした。
もしも。これが腕じゃなくて、心臓だったら……。
あたしの心配なんて、してる場合じゃないのにっ!!
「ああ。こんなのかすり傷ですよ」
平然と。
緊張なんて感じさせず、まるで今あった出来事なんて、日常だったかのように語る彼女に。
生きる世界の差を、痛感する。
「サクラ、ちゃん……」
気がつけば涙が溢れて。
後から後から、止まらなくて。
……だって。
彼女が傷つけられた理由は。
あたしがここに存在していたからだ。
『』と呼びかけられた。
相手は明らかに……あたしを。を狙っている。
容姿が似ていると言っていたから。そう思われても仕方無いのだろう。
マーキングされていたから、連れていかれなかった。けれど、せいぜいナルトと楽しんでおけってことは、もう一度来るってことだろう。それは、相手にはそれを押してでもあたしを捕らえなくちゃならない理由があるんだ。
今日は一旦引くけれど、次は連れていく。そう宣言されたも同然だ。
加えて。あたしがナルトのところに居ることは筒抜けになってる。
「さん……泣かないで」
「っく……ごめんなさい。サクラちゃん……」
「ああ、もう! 私は大丈夫ですから」
「そういう問題じゃないの!」
戦うということ。
守るということ。
その意味を。
代償を。
あたしは、本当に軽く考えていた。
まだ、漫画やアニメの出来事だったんだ。
実際に、目の前に居る誰かが怪我をするまで気がつかなかったなんて、それこそ顔向けができなかった。
これは……現実だ。
浮き足立ってる場合じゃない。
これ以上、サクラちゃんも……ナルトも巻き込みたくない。
でも、どうしたら良いんだろう? あたし一人の力はあまりにも非力で。戦う力もない。
こういう時、格闘技とか習っていれば、また違ったんだろうけれど。
けれどまあ、どれだけ身体を鍛えても、忍術には通用しない、のかな?
サクラちゃんは、泣いているあたしの目の前で術を使い、傷を跡形も無く消し去ってしまった。
……魔法のように。
多分、少し前までのあたしなら。その出来事に目を輝かせていたのだろう。でも。
「ほら、治りましたし……」
「………………っ」
「ね? 大丈夫です」
「それでも! それでも……痛みがないわけじゃないでしょう? 傷つくんだから。傷ついても治せば良いんだから、多少傷ついたって構わないって考えてるんなら怒るよ!」
「それは……」
「あたしのせいで傷つくなんて、それこそ許されない」
「………………さん」
考えなくちゃ。
どうしたら、良いのか。
巻き込みたくないけれど……あたし一人の力じゃ、どうにもならない。
この状況を、綱手様やナルトにも報告しないと……。
「サクラちゃん」
「はい?」
「私にかけられてるマーキングの術……これって、術者本人じゃなく、違う誰かが外せるものなの?」
「……何か、話したんですか。あいつと」
あたしが話し出すと、サクラちゃんは表情を引き締める。
彼女の問いに、あたしは頷いた。
「『やはりマーキングされているか』と『せいぜい、うずまきナルトと楽しくしてろ』って」
「……マーキングのことを察知出来るなんて、相当手練れの感知タイプですね」
「あ、やっぱりマーキングされてるか、されてないかって、忍でも気付きにくいものなの?」
「ほぼ、分からないと思います」
「じゃあさっきの質問に戻るけど、他人が外せるもの?」
「感知できるのなら、出来ますね」
「…………なるほど」
けれど、すぐに外せるものではないんだろう。つまりその準備を整えてから、もう一度来るってことだ。
相手の総人数も分からない。今日は3人で、しかもサクラちゃんが守ってくれたから良いようなものの……常に撃退できるとは思えない。いくら相手が複数とはいえ、サクラちゃんが怪我を負うくらいだ。相手も相当のようだし。
守ってもらえる可能性を考えるよりも……捕まった時にどうするかを考えるしかないんだろう。
捕まる。
一言でそうは言っても……捕まったら、どうなるんだろう?
彼らの捜す『』という存在が、もしあたしだったとしたら?
いや、あたしじゃなかったら?
少し考え込み、目を伏せたあたしに、サクラちゃんは意を決したように言った。
「どうして、何も聞かないんですか? マーキングされていたことについて」
「…………………………」
「あたしだったら、なんでそんなものが自分にかけられているかを気にしますけど」
サクラちゃん。
ああ、この子。本当に良い子だ。
「どうしたって、あたしの存在は怪しいと思うの」
「……………………」
「綱手様とのお話も、話途中で飛び出してるし。良い意味でも、悪い意味でも、監視対象にはなり得ると思う。だから別に驚かなかったというか……当然かなって思ったの」
ようやく涙の引っ込んだ目頭を改めて押さえつつ、あたしはサクラちゃんに微笑んだ。
するとサクラちゃんは、あたしから目線を逸らして。そのまま、独白のように言葉を紡いだ。
「さんのマーキングは、私が付けました。だから貴方がどこへ逃げても、誰にさらわれても、後は付けられる」
「うん」
「貴方が、今、里で問題になっている大量の失踪事件の重要参考人だってことを、綱手様から聞きました。もしも貴方の存在が、相手にとってイレギュラーなら。必ずしかけてくるからって。だから……」
「……うん」
「だから私、それなら貴方をわざとさらわせて、敵の居場所を突き止められれば良いんじゃないかって言いました」
あー。
そっか。そういう手もあるか……。
行方不明事件。
ナルトが言ってた。300人が行方不明になってるって。
原因が、分かっていないことも。
自分のことで手一杯だったけれど、あたしが……が関わっている事件。一度行方不明になり、彼女そっくりの……いや、意識不明のまま居なくなったはずのが、意識を取り戻してここに存在している。
だから、狙われた?
あたしは……じゃない。でも、そう言い切れる自信が、今はない。
例えば、あたしがなのかもしれないと考えると。
……ここに居るあたしは『』は一体誰なんだろう。
異世界から来たって、知らない世界に感動してしまったりもしたけれど。
あたしの存在は、何? ってことに答えを求めることになる。
もしかしたら、捕まれば本当のことが分かるかもしれない。
だからサクラちゃんがそう考えるのも……当たり前なのかもしれない。
でも。この状況の原因が分かるっていう保証はない。
……って、あれ?
じゃあサクラちゃんは、なんで今……助けてくれたの?
そう考えたのなら。さらわれるトコロを、見守れば良い話じゃなかったの?
怪我をしてまで、守ろうとしてくれるようなことじゃ、ないのでは……?
「ねえ……サクラちゃん。それなら……どうして、守ってくれたの?」
ぼんやりと呟いたあたしの言葉に、サクラちゃんは一瞬目を伏せてから、あたしを見た。
「実はその作戦は、綱手様には否定されていました。相手が全く判別出来ない以上、得策ではないって。それに、貴方が敵なのか、味方なのかも分らなかった。でも。今日一日一緒に過ごしてみて、貴方が敵ではないことは分かって。そして……私たちが守るべき人なんだって確信しました」
「……………………」
「さんは、里人ではないのかもしれない。でも、貴方に二心があるとは思えません。だから私は……貴方を守ります」
あたしと過ごしていて。
何がキッカケでそう思ってくれたのかは、正直分からない。
だってあたしは。異世界ってことに、はしゃいでいただけだったし。
……けれど。
「サクラちゃん。守ってもらえることは本当に嬉しいんだけれど、でも決して、命はかけないで。あたしのことは、確かに行方不明事件に関わっているかもしれないけれど、確証がないことでしょう? あたしも、あたし自身のことがよく分かっていないし」
「…………」
「もし、マーキングを外されても、あたしを追う方法が取れるのだとしたら、わざと捕まるっていうその作戦も、ありだと思うんだけれど……」
あたしの言葉に、サクラちゃんは首を振った。
「いえ。相手の言葉を聞く限りですが、貴方をわざとさらわせて居場所を特定させることは、この場合、決して使えない策であることが分かりました」
「………………え?」
「捕まれば、終わりです」
……終わり?
「終わりって……?」
「一度生きたまま捕える必要がある、ということは確かかと思いますが、用事が済めば殺されます」
「!?」
……殺される。
捕まれば、死ぬって、こと?
「危険因子は消す。鉄則ですね」
「………………………………」
「貴方が里の忍ならまだしも。殺される可能性が高いのなら。この作戦は事態を悪化させる可能性があります」
「………………」
「ですが、これで……対策が取れそうですね。貴方を狙い、仕掛けてくることは確かになりました」
「……あ…………」
捕まってしまったら。あたし……死ぬの?
何かしらの利用価値。
それが、すぐに済むものなのか。
それとも、時間がかかるものなのかは分からない。
つかまれた右腕の感覚が、寒気と共に浮かび上がってくる。
あんなに簡単に。相手はあたしを捕まえることが出来るのに?
「さん」
「……………………」
……どうしたら、良いの?
行方不明事件は、解決してほしい。
でも。囮になるということは。
それはあたしの命をかけなければ、決行出来ない作戦だということ。
……死にたく、ない。
怖いっ!!
「……さん?」
「…………………………」
こんな時。
サクラちゃんなら、自分の命だってかけられるんだろう。
あたしを守ることに、命をかけてくれているように。
使えない策。でも、今のところ最も有効な策であることに、変わりはないと思った。
あたしが囮になれば。
何かしら、事態が好転するかもしれないのに。
じゃあ、あたしを囮に使ってと。
その言葉を、どうしても言うことが出来ない自分。
死にたくない。
死にたくない。
そんな自分勝手な気持ちが、心を支配する。
「! サクラちゃん!」
その時だった。
びくっと、その声に身体が反応する。
こんな時に。
一番聞きたくない声。
あたしは座り込んだまま、動けなかった。
どうして、ここへ……?
ナルトの声が、頭上から響いてきていた。
前回の更新から……っていう書き出し、もうやめないと(汗)
一気に終わらす覚悟で今後更新していきます。
でも実はこの作品……2があるんです(--;;
けれど運が良いことに、2は大半のデータが残っていたので、
そこまでたどり着ければ、一気に終わらせることの出来る作品。
……頑張ります!
更新日時:2012.9.18