唇から、身体から、ナルトの感覚が離れない。

 洋服屋へ向かう途中の道で。サクラちゃんと、色々話をしていても、どこか上の空になってた。それは、ふとした瞬間でも、ナルトのことが頭にちらつくからだ。

 ……やばいなあ、あたし。


 まるで、初恋のように、ナルトの全てに支配されているみたい。


 ふわふわとした余韻に浸っている最中で。

 ナルトと離れて、淋しいとか、様々な感情が渦巻いていたものの。





 そんな感情は、ある場所に訪れたことで、一気に吹き飛ぶことになる。






「すごい、すごいっ!! きゃああああっ!!」



 ……実際に洋服屋へ着いた途端に、嬉しい悲鳴を上げて。


 あたしの意識は完全にこっちへと移ってしまっていた。




 そう。それは。

 ここがパラレルワールドだってことを、思い出させてくれるようなモノだったのだけれど……。



 その時のあたしは。

 不安とか。

 絶望とか。

 そういった感情は一切なくて。



 宝物を見つけた子供のように、テンションが上がってしまったのだ。














狭間での出会い

7

















「うわ。スゴ。コスプレショップみたい!」
「こすぷれショップ??」

 思わず上げたあたしの声に、サクラちゃんが不思議そうに問う。

 あたしは慌てて首を横に振りながら、言い訳を考えて……。

「え、いやあ、あはは。何でもない、なんでもないの。サクラちゃん」
「??」
「気にしないで〜。それより、色々あるみたいだから、ちょっと見て回ろうよ!」

 咄嗟には何も思いつかずに、はぐらかしてみた。




 サクラちゃんと訪れたのは、活気に溢れる商店街の一角にある、洋服屋だった。女の子の間で人気があるお店のようで、店内には、若い女のコの出入りが多かった。


 が。こうしてよく見てみれば、あたしの感覚の『普通』の服は、Tシャツとスーツぐらいしかない。

 でも、シャツとかありきたりのアイテムの中にも、形がいびつなものとか、どうやって着たら良いのか分からない服もある。


 コスプレショップ。まさに、そんな言葉がピッタリな場所だった。







 ゲンキン、なのかも。


 洋服屋……とは言うものの、普段見るショッピングとは、ジャンルが違う。なんていうのかな……想像していたゲームの世界に、そのまま迷い込んだ感じ!

 胸当てとか、鎧とかある。鎖かたびら、なんてのまであるんだよ!


 こんな体験、滅多に出来るもんじゃない。

 楽しまなくちゃ損だ!



 ナルトとのこと。あたしが置かれた状況のことは、後で考えよう。うん。

 今考えてもきっと、目の前の現実に気を取られ過ぎて、答えなんて出ないから。


 とりあえず目についた洋服を、サクラちゃんと相談しながら買物カゴに入れていく。






 ここでも、あたしの知っている世界とは違う点があった。


 買物カゴは、作りはほぼ一緒。ただプラスチックじゃなくて、木の皮みたいなので作られてるってこと。

 あと、値札の表記が全く違う。見方を教えてもらいながら、これは動きやすい、これは着にくいなど、サクラちゃんのアドバイスを元に、3着ほどの上下と部屋着を1着選んだ。

 フィッティングルームは、一緒。カーテンで仕切られている。店員が陽気に声をかけてくるところも……一緒かな。

 ただし、サクラちゃんが「あたしが選びますので結構です」なんて我の強いところを見せてくれちゃったもんだから、以降、店員は話しかけてこなかった。



 あともう一つ。大きな違いがあった。

 お金の単位が『両』で、通貨は全く見たことがないものだったことだ。あ、いや、義務教育の日本史の教科書には、これと同じものがあったかもしれない。江戸時代の通貨っぽい。

 金と銀と銅が、外側は丸く、平面な作り。その厚さは2ミリぐらいで。真ん中は四角にくりぬかれていた。

 イメージで言うと、5円玉の真ん中が丸じゃなくてすべて四角って感じかな。

 こっちの世界には、お札は存在していないみたい。

 これは、しっかり覚えておかなければならなさそうだった。



 今後、常にサクラちゃんやナルトが側についていてくれる訳でもない。お金の価値観が分からなければ、何と交換できるのか、安いか高いかなんて判断しようもないし。

 1両が多分10円くらいだ。Tシャツがだいたい50両(500円)スーツが平均で1,000両(10,000円)ってところを見ると……感覚的に若干、安いのかなとも思う。



 選ぶ服は、とりあえずは動きやすさ重視で。もちろん。着まわしが出来るように、だ。

 こちらの世界にある洗濯機は、ナルトの部屋で見た限りだけれど、使い勝手は一緒のようなので、ホッとしていた。これで二層式とか手洗いとかだったら、面倒なことこの上ない。二層式の洗濯機も、洗濯板も使ったことないし。

 あと、運動靴よりも、わらじや脚絆が主流なところも違うかな。パンプスもあるけれど、今のところは必要なさそうなので、脚絆のみを購入。パンプスの購入は見送った。


 だからもう、本気で楽しくて。


 全部抜きにして楽しむことが出来てしまった。





















「ちょっと休憩しましょうか?」


 お昼間近。買物を一通り終えて、サクラちゃんが微笑む。

 そういえば、昨日まで歩き回っていたことと、昨日の夜のことで……足の裏は痛かったし、腰も重かったことを、今更ながら思い出した。

 朝はバタバタと仕度して出てきてしまって、御飯も何も食べてない。

 思い出さなければなんてことないけれど、気が付いてしまえば無視は出来ない。

 サクラちゃんの言葉に、あたしのお腹がぐーっと鳴った。


「あー、あはははっ」

 恥ずかしくて、後ろ頭をかいて。サクラちゃんも、ふふ、と笑った。


「私もお腹が空きましたしねっ。何か食べたいものとかありますか?」
「え、食べたいものは……って、ああ!?」

 問われ、少し考えて。あたしは、ふいに頭を過ぎったことに、思わず叫び声を上げてしまった。

「ど、どうかしたんですか?」

 これしかないじゃないっ! あたしは、食らいつく勢いで、サクラちゃんに言った。

「一楽! ラーメンの! まだある!?」
「え……あ、ありますよ? じゃあ、一楽でラーメンを食べましょうか」
「うんっ!」

 木の葉に来て、一楽のラーメンを食べないわけにはいかないでしょう。

 あんなにナルトたちがハマるラーメン、一度、食べてみなくちゃ!


「こちらです」
「ありがとうっ!」

 疲れや痛みなんて吹き飛んでしまって、あたしはサクラちゃんと一緒に歩き始めた。





 ここは、本当に木の葉の里。




 マンガやアニメで見てきた景色。でもこうして現実に歩くと……やはり違う。あ、いや。これが現実かなんて分からないけれど。少なくとも、夢なんかじゃないって思う。

 触れるもの全ての感覚と。頬を撫でるこの空気と温度が、あまりにもリアル過ぎて。

 ここは、パラレルワールドだ。そう。あたしは異世界に迷い込んだんだ。



 土を利用して作られてる家々。平屋家屋が並んでいるかと思えば、すぐ後ろは背の高い不可思議な形の建物が軒を連ねている。

 道は砂利道で舗装されていない。まるで時代劇。でも、時代劇と異なるのは、空に張り巡らされた、乱雑な電線があること。

 そしてテレビなどの電化製品が、公然と存在していること。



 そう。これは紛れもない、現実。


 今まで生きてきた世界も現実で。この世界も現実だとしたら。ナルトの世界は、本当にある現実の世界ってことになる。



 でも、確証はない。そして、確認する術はない。





 ……神様にでも会えれば、別なんだろうけれど。




「あの角を曲がったら、一楽ですよ」

 サクラちゃんと並んで歩く道すがら、あたしはふと気になっていたことを聞いてみることにした。

「ねえ……サクラちゃんは、今、上忍なの?」
「いえ。私は特別上忍です」
「上忍にはならないの?」
「いずれは……とは思ってますけれど。まだまだ、力不足なんです」

 いやあ。充分、実力あると思うけど……。

 朝のナルトとのやりとりを思い出し、苦笑いした。



「そっか。理想が高いね。でも、無理はしないようにね」

 が。そう答えたあたしに、サクラちゃんは不思議そうな顔をする。

「……さんて……不思議な人ですね」
「え?」
「だって。普通はそこで、頑張れとか言いませんか?」
「や。だってさ。忍って並大抵の覚悟じゃできない職業でしょ? 生死もかけなきゃいけない仕事に、無責任に『頑張って』は言えないよ。あたしが身の程知らずって感じじゃない?」

 そう。あたしは知ってる。

 6年前のことまでしか知らないけれど、知ってるから。


 サクラちゃんが乗り越えてきた道のりを。きっと、あの事実以上に、色々な出来事と接してきたことが分かるから。



「………そう、ですか」


 どことなく嬉しそうに呟いた彼女の笑顔に、あたしも思わず笑顔になってしまった。




 そして、示された角を曲がると。


「ををっ!?」


 一楽の提灯と暖簾が見えてきて、美味しそうな匂いが漂ってきた。


「おじさんっ! こんにちは!」

 暖簾をくぐると、一層の良い香り。

「お、サクラちゃんかい!? 久しぶりだねえ」
「はい。今日は、お客様を連れてきました!」
「こんにちは! と言います。ヨロシクお願いしますっ!」
「ま、座ってくれ!」

 店のおじさんは、当然、原作などで何度も出てきてるあの顔で……女の子の方も、変わらずだった。名前、なんて言ったかなー。思い出せない。

 ナルトが『おっちゃん!』と言ってるシーンしか、思い出すことが出来なかった。


 まだ、お昼には時間が早かったせいか、あたし達の他に、一組カップルが居ただけだった。


 買った洋服とか、もろもろの荷物を、店の端にまとめて置かせてもらい、あたしとサクラちゃんは並んでカウンターに座る。

 メニューを見て、サクラちゃんは普通の味噌ラーメンを。あたしは、何でも食べて大丈夫ですよ、と言ってくれたサクラちゃんの言葉に甘えて、ナルトがよく食べていた、味噌チャーシューメンを注文。 

 出来上がるまでの間、あたしは辺りをマジマジと見ながら、感慨にふけっていた。



 ラーメン一楽。

 確か以前、ラジオ番組のイベントで、一楽のラーメンを出している店がある……と宣伝されていたことがあったけれど、さすがにイベントなんかには顔を出すことが出来なかったので、すごく残念な思いをしたことがあった。

 けれど、まさか本物を食べられる日がくるなんて、思ってもみなかった。


 ドキドキしながら、サクラちゃんと話をし、ラーメンを待って。



「へい! お待ち!」

 そして目の前に置かれたまばゆいばかりに輝くチャーシューメンに、ごくっと唾を飲み込んでしまった。


「いただきますっ!」
「いただきますっ!」


 割り箸を持ち、ラーメンの目の前で手を合わせて。まずはレンゲでスープを一口。



「うわっ! 超おいしいっ!」
「そーかいっ。嬉しいねえ。ありがとよ」


 想像していた味よりもずっと深みがあって、けれど、くどくない。おいしい…。ナルトが何度食べても飽きない理由が、分かったような気がした。

 
 とは言うものの、さすがに量が多くて、チャーシューをサクラちゃんにも少し分けた。でも、そうしたことで難なくスープまで飲み干してしまった。空腹は、めちゃくちゃ満たされて。もう、最高に幸せで。


「はー。すっごい美味しかったあ……」

 普段、油が多すぎるから、あまり食べないラーメンだけれど、カロリーも何も考えず、食べきってしまった。




「ごちそうさまでした」

 グルメリポーターでもないから、このおいしさを表現するには、おいしい! 以外に言葉が見つからないけれど。

 こんな贅沢、二度と出来ないと思う。



「ごちそうさま。親父さん。また来るわね」


 サクラちゃんの常連らしい一言に、毎度! と威勢よく答えてくれた親父さんに別れを告げようと、置いた荷物を持ち上げようとしたところで、ふと、あたしの横に影が落ちた。



「………、か?」
「え……?」


 ざわり、と走り抜けた悪寒。あたしが、顔を上げるよりも、早く。



「下がって!」

 サクラちゃんがそう叫ぶのと、あたしの身体が押しのけられ、よろけるのとは、ほぼ同時だった。



 キイイイン!!



 交わる金属音。

 尻餅をついてしまったあたしが見上げる先に、サクラちゃんの背中があって。

 そのサクラちゃんの目の前には、黒装束の人間の姿が、3人。




「……見つけたぞ……」


 低く唸った黒装束の人間の目は、明らかにあたしに向けられていて。その恐怖に、全身が震えるのが分かった。




「く……!」
「さ、サクラちゃん……」
「はあっ!!」


 金属音は、サクラちゃんのクナイと、黒装束のクナイが交わった音だった。店の親父さんも、あまりの出来事にひい、と声を上げた。




か?』と言った……!



 ……相手は、あたしを狙ってる。

 これ以上、一楽やサクラちゃんを危険にさらすわけにはいかない。



 どうして自分が狙われているのか、全く見当がつかなかったけれど、あたしは震える体を何とか動かして立ち上がり、店の外へと走り出した。

 ほとんど、無我夢中で。


さん!」
「っ!!」


 足がうまく動いてくれない。怖い。でも、こんな街の中で、どうして……!? 人の目だってある。他人を傷つける危険性だってあるのに。と考えて。

 悪役には、誰が巻き添えになろうが、どこの世界でも、きっと関係ないのだという結論になると、妙に納得してしまった。


「そのまま、走ってください! 貴方は、私が守ります!」




 後ろから聞こえたサクラちゃんの声に押されるように。



 あたしは、街を疾走した。



























前回から約1年ぶりの更新となります。

……って。前のあとがきも同じ感じの始まり方だったような。。

書きたいと思っていた『木の葉めぐり』にページをさかれ、
あんまし進まなかった作品。

……次回にご期待を。




更新日時:2008.5.28
改訂日時:2012.9.18







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