………アレ?










 気が付いてみれば、見知らぬ景色が広がっていて。

 呆然と、ただその場に立ち尽くしていた自分に驚く。






 『目が覚めたら、そこは見たこともない世界だった………――――』なんて。


 そんな感じで始まる小説じゃあるまいし。





 が。

 マジで、本気で、冗談じゃなく。

 ……あたしは、自分の居る場所がドコなのか、皆目見当もつかなかった。





 右を見ると、鬱蒼と緑が生い茂る、先の見えない森が広がっていて。

 左を見ると、膝丈の草が生い茂る、緩やかな下り坂。

 前を見ると、遠くに森に囲まれた家並みがあった。街を挟んで反対側の岩山には、人の顔のようなものが5つ彫ってある。そこを基点として、扇状に街が広がっていて、ちょうど日が落ちる頃の夕焼けに、目を細めてから……後ろを見れば、右側と同じような景色が広がっているだけだった。

 ほふ、と軽く溜息をついて、ゆっくりと視線を足元に動かせば……自分の居る場所は崖っぷちの絶壁があるらしく、一歩先が無かった。


「ぎゃあああ!!」


 慌てて後ろへと下がる。恐怖で足がすくんで、間抜けにも尻餅をついてしまった。






 っていうか、ホントに。

 ココ……どこですか?








 ………そう。

 文字通り。あたしは気が付いたら、見知らぬ世界へ来ていた。










狭間での出会い












 まず第一におかしいのが、自分が絶壁なんぞに立っていたということだ。


 歩いてきた記憶はまるでない。まさに、気が付いたら立っていたのだ。気を失っていたなら倒れているはずだし、まるで自殺願望アリの人間や、夢遊病患者みたいな症状でもないかぎり、あんな落ちたらまず助からないような場所に行くか? 普通。

 高所恐怖症じゃなくたって、行かないような場所だ。



 とうとう自分がおかしくなったのかと、混乱する頭で考える。

 確かに、あたしは現実というものに疲れてはいた。ここじゃないどこかへ行きたいと、願ったこともある。が、そんなことが実際に起こるなんて、有り得るはずもない。




 名前は覚えてる? と自問自答して。答えられる自分に、まず安堵した。





 あたし。。25歳。独身。

 ……うん。大丈夫だ。




 その他、家族構成も仕事も住んでいる場所の住所、電話番号も思い出すことが出来た。




 ただ、一つだけ理解できないのは。

 自分が何故、こんなワケの分からない場所にいるかってことだ。





 ……さすがに、異世界ってオチはないだろうなあ。

 確かに知らない世界ではあるものの、俗に言うパラレルの世界に迷い込んだなんて非現実的なこと、起こるわけがないだろう。日本のどこか、もしくは……昨日今日に行ったことなんて記憶にないけど、外国なのかもしれない。

 自らの意志で来たわけじゃないはず。誰かと一緒に来ていたのか。けれども回りにはあたし以外の人影はない。




 そして第二に疑問なのが。自分が着ている服だ。


 白のシャツに、ズボン。その上から、ピンクのカーディガン。まるでパジャマ姿だ。

 裸足でブカブカのサンダルを履いており……おそらく、カーディガン以外、すべてが男モノ。しかもなんか泥だらけだし。

 実際のところ、あたしはこんな真っ白なパジャマは持っていなかった。着替えた記憶ももちろん、ない。





 さあて、どーしたもんか。




 街からも結構離れているようなので、とりあえず人のいるところへ行って、ここがどこかだけでも聞こう。それから考えれば良い。


 辺りをぐるりと見渡せば、荷物らしいものもなかった。無一文。まあ、警察に事情を話せば、帰りのお金くらい貸してくれるだろう。









 ……なーんて、あたしの考えていたことが甘かったということに気が付くのは。


 実はもうちょっとだけ後になる。

















 日が落ち、辺りは闇に包まれた。


 辛うじて木の位置は分かるものの、足元が見えないし、ぬかるんでいて歩きにくい。余程サンダルを捨ててしまおうかと思ったが、落ちている小枝で足を切ったりなんかしたら、それこそシャレにもならないので、我慢して突き進む。

 街の方角へ、見当をつけて歩き出してから、数時間は経っているはずだ。時計もないから正確な時間は分からないけれど、闇は濃くなるばかりで。時折、鳥か獣かなんだかよく分からない羽音や声が聞こえる。


 ……めっちゃくちゃ恐いんですけど。



 何かが後ろから迫ってくるような気がして、半ば小走りに森を駆け抜けた。喉はカラカラでお腹は空いたし、一刻も早く街に着きたかった。


 眼下に見下ろした街に行くには、崖を飛び降りるわけにもいかないので、必然的に大きく回り込むしか方法はない。

 右手に街並みが見えるように左側から迂回し、その後、森の中を突っ切るコースを取っているので、進めば必ずぶち当たるはずだ。



 気が競っているせいか、立ち止まったら何か得体の知れないものに出会ってしまいそうな雰囲気が、あたしを駆り立てた。

 この世界に一人きりのような気がして。

 誰かの存在を、この目で確かめたくて。


 けれど、本当に街へと向かっているのか分からず、不安に押しつぶされそうになった。


 方角が、全く分からないのだ。






 はああ。

 ……なんであたし、こんなことになっちゃってんの?






 今日は休みの日で、家でゴロゴロして、お腹すいたからコンビニに行って、お菓子でも買おうと思って……。


 と、そこまで自分の行動を思い起こして、あたしはピタリと立ち止まった。




 その後、どうしたっけ?

 家を出て……そこまでの記憶はあるけれど、気が付いたらここに居た。





 っていうか、なんですぐに思い出さなかったんだろう。ここへ来る前に、何をしていたかってこと。


 いきなりこんなところへ来るわけがないのは分かっていても。頭が麻痺していたのか、考えもしなかった。
 もしかしたら、コンビニへ行く途中に誘拐事件に遭って、現実のあたしは気を失っていて、夢を見てるだけかもしれない。

 いや……でも普通、夢ってこんなにリアルな感覚なんてないし、お腹なんか減らないよなあ。


 それに、家を出た記憶までしかないというのも……おかしい。




 結局のところ、考えてもよく分からないので、とりあえず街へ行くしかない。それだけだ。




 再び足を動かし始めて、今度は何も考えないようにして……歩き、半ば小走りに進むこと、さらに数時間程。

 いい加減、息切れが酷くなって、足が震えるほど疲れていた。汗をびっしょりとかきながら、気が滅入りそうになる。

 何もかも投げ出して、倒れたいという感情と戦いながら、それでもこんなところで野垂れ死になんてゴメンだと言い聞かせてなんとか進み。うっすらと空が白んでくる頃。


 ようやく。街の外れに到着した。

 つまり……家があったのだ。




「やった!!」

 嬉しさのあまり、飛び上がってしまうほど興奮して。バタバタと駆け寄ると、確かに民家らしい。





 ……が。



 戦国時代を思わせるボロボロの家。はっきり言って、掘っ立て小屋だった。





 辺りを見回しても、家はこれ一つのみ。どうやら……あたしが街の外れに着いたと勝手に勘違いしたようで、実際はまだ森の中のようだ。

 緊急避難場所の小屋……のようだった。

 こじんまりとした家の前には、蛇口があった。今にもひねって水を飲みたいほどだったが、もしここに住人がいて、勝手に使った時に何か言われてはたまったものではない。

 とりあえず、小屋のドアをノックする。


「すいませ…」

 どん、と扉を叩いたところで、ぎいと軋んだ音を立てて扉が勝手に開いた。脆さに驚いて、後ずさったが、中から咎める声は飛んでこない。



「……あれ?」

 おそるおそる、そっと中を覗いてみると……がらんとした空間が広がっていた。


 本当に、避難場所のようだった。




 ぎしぎしと音を立てる床を踏みしめて奥へと進む。簡易棚に毛布が数枚。隣りの戸棚の中には、食べられるかどうかも分からない簡易食。大きなかめには、水があった。窓は一つ。入り口から見て真正面。しかも高いし小さい。換気用らしい。

 ただ……それだけ。



「飲めるかな……この水」

 本当に喉が渇いていて、限界だった。手を浸すと、冷たい。覗いた水の色は真っ黒で……かめの色を映しているだけだろうが、戸棚から木のコップを取って、すくってみると、見た目には飲めそうだ。


 ……いつの水なんだろう。

 疑問には思ったが、それよりは喉の渇きの方が強かった。おそるおそる、こくんと一口飲んでみると、意外にもおいしい。


 何回もすくい、貪るように水を飲んでから、戸棚にあった簡易食に手を伸ばす。


 パッケージには、賞味期限も何も書かれていない。文字も特にない、銀色の袋に包まれていた。

 でも、水が大丈夫ならこっちも安心だろう。

 封を開けるとビスケットが入っていて、それを見た瞬間、お腹がぐぎゅるるるると鳴って、誰もいないのに顔が熱くなった。


「……いただきます」


 人のものには変わりないだろうが、あとでお金でもなんでも払えば良い。財布を落としたとしても、最悪両親に泣きつけば貸してもらえはするだろうし。

 ぱくりと噛み付くと、その触感に涙が出そうになる。飽食国家の日本にいて、まさかこれほどまでに水とビスケットがおいしいものだったなんて、気が付かなかった。




 ビスケットを何枚か食べ終えると、急激に眠気が襲ってきた。一睡もせず、一晩中歩き……あるいは走り続けたのだ。疲れていないはずがない。



 ……あーあ。とりあえず電話のあるところまで行かなきゃ、無断欠勤になっちゃう。

 今日の仕事のことを考えると、億劫になる。


 と、頭では現実のことを色々感じていても。ちょっと休憩しようと座り込んでしまえば、身体は鉛のように重かった。とにもかくにも、疲れていて、あたしは棚から毛布を引っ張り出して、床に寝転がった。


 そうすれば、睡魔に勝てるわけがない。



 あたしの意識は……呆気ないほど簡単に、闇に落ちていった。










 ……結局のところ、今のあたしには何にも分からないし、考えたとしても答えなんて見つからない。

 自分がなんでこんな場所にいるのかさえも。
 ここがどこなのかも。



 だったら、考えるだけ無駄だ。今、自分に出来ることをするだけだ。



 そう。自分に出来ること。それは……。


 早く、街へと着いて、現状を把握することだった。



















なんでいきなりパラレルが出てきたのかというと、
以前から書き溜めていたものでして。

きっかけは、原作の一部終了にあります。
まさか第一部と第二部があって、
よもや第二部が3年後・・・とかいう話になるなんて、
思ってもみなかったからです。

私設定的に、原作で未来をやってくれちゃったら、
この話、出せなくなる!?
と思って、あわてて掲載(苦笑)


更新日時:2004.12.12
行間のみ修正:2012.9.18






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