狭間での出会い

6

















「ん……」

 なんだか眩しい。暗闇だった景色が、急激に色を取り戻したことを感じて。

 あたしは、重い瞼をこじ開けた。

 なんだろう。ひどく長い夢を見ていたような気がする。




 目を開ければ、古ぼけたアパートの一室。ナルトの部屋。やっぱり、何度寝て、起きても。世界は変わらない。あたしの知っている現実にはならない。


 ……パラレル・ワールド。




「やっぱり、これが現実なのかな……」


 呟きながら、反対側に寝返りを打つと。


「!?」


 小さく寝息を立てながら、仰向けで眠る、大人ナルトの姿。


 そうして、あたしは身体に残る、ナルトの感覚を認識させられた。







 だるいけれど、気分はすっきりとしていて。それは、初めてと言っても過言ではない感覚だった。ナルトの前の人としたエッチは、そこまで爽快感を得られるものではなく、ただ、おっくうの産物でしかなかったから。

 ナルトは、いじわるだったけれど、すごく優しくて。あたしを気遣ってくれて。


 大事に扱ってくれているのが、とても良く分かった。





 こんな人が、現実に居たら良かったのに。

 なんでココは……元いたあたしの世界じゃないんだろう。


 あたしの置かれている状況が状況なだけに、どこか心に引っかかるものが拭えなかった。







 強くて、優しいナルト。サスケからも慕われて、きっとみんなにも大事にされているんだろう。




 少し……妬ける。

 あたしは周りと、そんな人間関係は築けていなかったから。




「……ナルト?」


 呼んでみる。でも、ナルトはぴくりとも動かない。


「忍がそんなことでいいの〜?」


 小さく笑いながら、起こさないようにベットを降りる。


 ……当然、イッたと同時にそのまま寝てしまったのだから、今のあたしは、何も身につけていなかった。


 身体がベタベタするから、お風呂を借りよう。


 床に散乱していたナルトとあたしが着てた衣服を、軽くたたんでから机に載せて、昨日使わせてもらったタオルを持ってシャワーを浴びにお風呂場へと進み。

 コルクをひねって、熱い湯を浴びた。



 お湯が身体に当たり、すべり落ちる感覚に目を細める。



 これから……どうしよう。

 この状況の打開策を、どうやって見つけたらいいんだろう?




 考えても、皆目見当もつかない。



 埒があかなくなって、とりあえず、考えることをやめた。






 身体のすみずみまで洗ってから、湯を止めて。

 備え付けのバーに引っ掛けてあったタオルで水気を取り、身体に巻いてから出る。


 意識せずにベットに目を向ければ。


 ナルトはまだ、そのままの姿勢で寝ていた。


「さすが、というべきか、なんというか……さすが意外性1。忍って、人の気配に敏感なんじゃないの……?」


 あたしには、気配、というものは分からない。確かに、起こさないように、音を立てないように注意はしているけど。

 でもそれって、気配を消すとか、そういうのとは違う気がする。



 つかつかとベットに歩み寄って、ふと、その脇にあった窓から差し込む光に目を細めると。


「!?」

 ぐいっと、急に身体が引っ張られて、ベット倒れ込んでしまった。



「悪かったな。忍らしくなくって」
「あら……聞こえてたの」
「仕方ねーだろ。昨日は夜勤明け。一睡もしてなかったんだってばよ。そんな状態で、いーっぱいご奉仕したし」
「!! もう。酷い言い方しなくても……」


 触れそうなぐらい近く、ナルトの顔がある。青い瞳。吸い込まれそうなくらいの目の強さに、どきりと胸が高鳴る。



「………んな顔すんなって。冗談だってばよ」
「……………」
「シャワー、浴びたんだ」
「あ、うん。勝手にお湯をいただいちゃって、ごめんなさい」
「かまわねーよ。自分の家みたいに思ってくれればいいって」


 気休め? それとも、本気で言ってくれてるの?


 ニカッと笑った彼に、あたしも微笑む。



 と。

 その瞬間、ナルトが飛び起きた。


「やっべえ! 、Tシャツ着ろ!」
「へ?」
「ほら、早く!」
「??」


 いきなり焦った様子を見せたナルトは、ベットを飛び降りて、あたしに向かって机の上に置いたTシャツとズボンを投げてよこす。

 ナルト自身も、あわててパンツとズボン、Tシャツを着たから、よく理由が分からなかったけれど、とりあえず自分もTシャツとズボンをはいた。

 当然、ブカブカだから、ズボンは腰の部分で折る。




 そうして、仕度が終わるのを待っていたかのように。




「ナルトー!!!!」

 明るい、快活な女の子の声が響いてきたかと思ったら、ノックもせずにいきなり玄関の扉が開き……ピンクの髪の超美人な女性が飛び込んできた。


 額あてをカチューシャのようにして。ノースリーブのえんじのチャイナドレスを、動きやすく腰から足先までスリットを入れました、という感じの服。下には、黒のスパッツを履き、足は……脚絆、とかいったっけ。あの靴みたいなの。


 それを、土足とか関係なしに、ズカズカと入ってくる。


「おはようございます!」

 その女性は、ナルトには目もくれず、あたしの姿を見ると、ペコリとお辞儀をした。

「おっはよー! サクラちゅわん!」


 ナルトの言葉に、あたしは息を呑む。



 サクラ!? あ。言われればちょっと、面影がある……。

 あまりにも美人だったから、気が付かなかった……。何しろ、あたしの知っているサクラちゃんと、目の前の大人の女性が、どうしても結びつかなかったからだ。


「ああ。ナルト、いたの?」
「……相変わらず、ヒドイってばよ。俺の名前呼んで入ってきたのによ〜」


 一撃で撃沈したナルトを気にする風でもなく、サクラちゃんはつかつかとあたしに歩み寄り、再度、礼をした。


「初めまして。春野サクラと申します。今日は、貴方が日常生活で困らないように、買い物をお手伝いしに来ました」
「え? 買い物?」
「はい。だって、今のままじゃ……ナルトの服ばかりも着れないでしょう? とりあえず今は、私の服を持ってきたので、これをどうぞ!」


 言って、後ろ手に持っていた包みをあたしに差し出した。


 や。ちょっと待て。

 目の前のこの綺麗で超スタイルの良い彼女……サクラちゃんとあたしが、同じサイズのはずはないでしょ……。


「は、入るかな……」

 不安を思わず吐露すると、ナルトがくすりと笑った。

「大丈夫だって。着てみろってばよ。こう見えてもサクラちゃん、着やせするタイプで……うわああっ!?」


 ナルトが言い終わらない内に、まさに目にも止まらぬ速さで、高速の蹴りがナルトの顔面を凪ぐ。が、紙一重でそれをかわすと、ナルトは数歩後ろへ下がった。



「あ、あぶねーっ!」
「あ!? なんか言った? ナルト!」
「……何でもないってばよ……」


 目の前で起きた突然の出来事に、呆然としてしまうあたし。

 すごい……速かったんですけど。



 びっくりしたあ。けど、本当にこんな感じなんだなー。この二人って。


 それが面白くて、あたしは思わず吹き出していた。



「仲が良いのねー。二人共!」
「なっ! へ、変なことを言わないでください!」


 あたしの言葉を、真っ向から否定するサクラちゃん。対してナルトは、淋しそうに口を尖らせる。


「俺とサクラちゃんの仲なのに……」
「……張り倒されたいの?」
「と、とんでもない!」


 わなわなと握り締めた拳を震わせているサクラちゃんと、慌てて首を振るナルト。こんなやりとりを間近で見て、二人の間に流れるものを知って。少しだけ、嫉妬した。


 ……あたしには、得ることができない絆が確かにそこにある。


 一瞬だけ目を伏せる。と、次の瞬間に肩に手を置かれて、あたしは顔を上げていた。

 いつの間に近づいてきたんだろう? ナルトが、真剣な眼差しであたしを見下ろしていた。




 ドキリと胸が高鳴る。


「だから……そんな顔すんなってばよ」
「……ナルト……」
「俺、外、出てんな。服、着替えるだろ?」
「あ、う、うん」
「じゃ、サクラちゃん。終わったら声かけて」



 フッとその場からいきなりナルトの姿が消える。あまりの速さに、現状を呑み込めないままでいると。サクラちゃんが驚いたように声を上げていた。



「信じられない……あいつが……あんな顔するなんて……」
「え?」
「だって、女の子なんか、興味ないんですよ? あの馬鹿。なのにまるで……」

 まじまじとあたしを見て、まさか、を連発するサクラちゃん。あたしには、それが何を意味しているのか分からず、瞬くばかりだ。

 いや。知らないフリをしたい。勘違いでいたい。そう思っているだけだ。

 だってあたしは、サクラちゃんのように美人でもなければ、人を惹きつけるものは何も持っていないのだから。

 だからこそ、ナルトがあたしのことを、少しは気にしてくれているかも、なんて思えないでいる。



 きっと。のめり込んだら、泣くのはあたしだ。

 ナルトは……綱手様に言われてあたしの側にいるだけだ。


 あたしが、敵か味方か。それを判断するために。

 エッチしたからといって。信じてもらえたとは考えにくい。



「サ、サクラちゃん?」
「あ、呼び方なんですけれど、あたしも名前で呼んで良いですか?」
「へ? ああ、大丈夫よ」
「良かった! じゃあ、さん。着替えましょう!」



 サクラちゃんに手伝ってもらって、洋服を着替える。彼女は、なんと新品の下着まで用意してくれていて、これがどうしたことか、サイズがぴったりだった。細身だと思えた彼女の洋服も、普通に着ることができて、驚いた。


 背中が大きく開いた緑色の半袖の、ゆったりとした上着の下には、黒のキャミソール。タイトミニの黒のスカートの下に、これまた黒のスパッツを履くスタイル。脚絆はやり方を教わりながら、履かせてもらった。動きやすいラフなスタイルだったけれど、黒が基調のシンプルなデザイン。ところどころにレースが施されていて、なんだかとっても高そうな洋服だった。

 最後に髪を整えて、仕度は終わった。

 本当は化粧をしたい。眉毛を書きたい。でも、化粧道具なんてないので、仕方なしに我慢する。


「けれど、買い物行くって……あたし、お金持ってないのよ……」
「それは心配ご無用です。綱手様から、預かってきました」
「へ!?」
「大事なお客様ですもの。それくらいのもてなしはさせていただきます」



 ……大事な、お客様!?



 どういうことだろう? そこまで信用を得ているとは考え辛い。

 もしかして綱手様も、あたしが『』だと思っているから?

 それとも、あの両親とか名乗るヒト達のはからい?


 疑問は多々ある。でも、ここでサクラちゃんに聞いたところで、彼女は何も答えてはくれないだろう。




「じゃあ……お言葉に甘えて」


 ここでごちゃごちゃと考えても、あたしには綱手様の考えていること……いや、忍の考えていることなんて分からない。

 ナルトのことにしたって、目に見えるもののすべてが本当のことだとは、決して限らないのだから。

 その痛みと悲しみを……あたしはこの『NARUTO』という作品から教えてもらったのだから。



「じゃ、あの馬鹿を呼びますか!」
「馬鹿、ねえ……」
「どうかしましたか?」
「え? いや、馬鹿でも上忍になれるんだなあって」

 確かテストの成績とかも悪くて。でも、上忍って言ったら忍のエリートだ。

 ……ああ、そうか。あたしの知ってる12歳のナルトとは、違うんだった。

 一人で疑問に思って、一人で納得できる答えを探し当ててしまった。


「昔から、ホント馬鹿なんです。アイツ……」
「……………………」

 うん、知ってる。そう答えようとして、あたしは思わず口をつぐんだ。


「馬鹿がつくくらい真っ直ぐで、正直で。ホント、強くて……。その前向きさに、何度救われてきたか……」
「サクラちゃんは、ナルトが好きなんだね……」
「え!? まさか。あたし、ちゃんと彼氏がいますよ?」
「へ!? あ、サスケくん?」
「あれ? サスケくんのこと、ご存知なんですか?」
「あ、と、その。あはははー。昨日、ナルトから、サクラちゃんとか、サスケくんとか、カカシ先生とかのこと聞いたから」

 とっさについた嘘だったけれど、サクラちゃんは納得したように頷いた。


「そうだったんですね。でも、残念ながら、彼氏のことは秘密です!」


 違うの!?

 あたしは原作読んでる段階から、サクラちゃんてサスケくんじゃなくて、ナルトのことが好きだとばかり思ってたんだけれど………。


 意味ありげな笑顔を浮かべたサクラちゃんは、一瞬後、頭上に向かってナルト! と叫んだ。

 するとどうだろう。

 すぐ間近で煙が巻き上がり、Tシャツ姿のナルトがその場に現れたのだ!

 ………どういう仕組みになっているんだろう。これって確か、瞬身の術とかいうやつだったよね? ホントに、何もないところでヒトが消えるし、現れるし。


「終わった?」
「ええ。じゃあ、借りてくわよ」
「ああ」


 …………借りてく? ってことは、ナルトは一緒に行かないの?


 あたしの不安げな視線に気が付いたのか、ナルトは肩をすくめながら言った。


「俺、今日はこれから任務なんだってばよ。夕方、が帰ってくる頃には家にいれるようにすっからさ。サクラちゃんと買い物行ってこいよ」
「あ……う、ん」
「大丈夫だって。心配すんなよ」


 心配はしていない。

 むしろこれは、別の感情。

 残念だな……離れるの、と思ってしまっただけだ。



「じゃ、行きましょ?」
「…………うん」


 サクラちゃんがドアに向かって歩き出したので、その背を追って、ナルトの前を通り過ぎる。

 と、その瞬間に腕を引かれて、驚いて声を上げる前に、唇が塞がれていた。


 もちろん。目の前には、ナルトの顔。


 目を閉じるのも忘れて、その顔を見つめる。端整な顔立ちに、鼓動が早まる。

 なんでキスなんてするの?

 ……という疑問が湧き上がることを抑えられずに、あたしは瞬きを繰り返した。


 ちゅ、と小さく音がして、永遠とも思えた一瞬が終わる。ナルトは、淋しそうにあたしの腕を放してから背を押す。

 そして『行ってこいってばよ』と囁いた。



 まるで。

 ナルトも、同じように淋しいと思っているみたいに。


 幸いというか、確信していたのか。サクラちゃんは、あたしとナルトの行為に気が付いていないようだった。






 ……ヤバイ。どうしよう。

 このまま一緒に居たら、あたし絶対、ナルトを好きになる。

 絶対に、離れたくないと願うようになる。

 それは予感なんて曖昧なものじゃない。半ば、確信に近い。





 後ろは振り返らずに。

 あたしは、サクラちゃんを追って部屋を飛び出した。





 空は、快晴。

 日の光が、暖かく町並みを照らしていて。

 けれどあたしの心は、暗雲が立ち込めてきたかのように、穏やかではなかったのにも関わらず、妙な暖かさを感じていた。。
 



























前回から約2年半ぶりの更新となります。
いやあ、書いた言い回しさえ忘れていて、
昔の自分の作品て、ホントは自分が書いたものじゃないのかも、
なんて錯覚に陥ることが、最近多々あります。

さて。次回から物語は動き始めます。

主人公は何者なのか、
どうしてこの世界に迷い込んだのか…。
そして里を騒がす、行方不明事件の真相は!?





更新日時:2007.7.1
改訂日時:2012.9.18







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