何時から、気が付かれていたのだろう……?






「サスケ!」

 瞬身の術を使って逃げたあたしを追いかけてきたナルト。サスケとあたしを挟み、背後に降り立つ。


「ナルト。あっちはシロだった。だがこの様子じゃ……こっちはクロみたいだな」
「ああ。オレの予想、当たっただろ?」
「自惚れんな。逃がすなよ」
「分かってるってばよ!」


 二人が徐々に距離を詰めてくる。前後の気配に気を配りながら、あたしは自分の服に手をかけた。

 この着物姿じゃ、動きにくい。

 服を破り捨て、あらかじめ下に着こんでいた忍装束に着替える。




「……砂!?」



 腰に巻かれていた額あてをサスケが確認し、声を上げた。あたしは忍服を整え、クスリと笑った。



 ここまでバレてしまったら、もう隠す必要もない。



「まさかビンゴブックに載っていない忍で、木の葉にこんなのが隠れていたとは……ね。その通り。あたしは砂の里の上忍。ヨロシクね」




 ……と軽口を叩いてはみたものの。


 冷や汗が全身に流れていた。












忍としての道


中編









 上忍二人相手に、どう戦おう?

 当初の予定では、一人一人分散させてから戦おうとは思っていたが、それが難しいことなど分かっていた。もし二人を相手にした場合の戦略もいくつか考えてはいたけれど、頭がうまく働かなかった。

 それというのも……。

 ちらりと振り返った先にあるナルトの顔を見ると、先程の濃厚なキスが脳裏に蘇り、なかなか良い案が思いつかないのだ。飲まされた薬のことも気になる。

 こんなことを未だ気にしているなんて……。


「それにしても、まさかアンタだとは思わなかった。ここ数ヶ月の間に、この宿場町にやってきたヤツの中でも、アンタが限りなくシロに近かったからな」

 サスケの手が、後ろへと動く。腰の辺りに手を当てたということは、ポーチの中身を探っているのだろう。

 飛び道具が来る!


「なるほど。そうやって一人一人調べていたわけね。でも、どうして? その情報、どこから掴んだの?」
「……………………」
「?」

 あたしの問いに、サスケは答えない。


「砂だってばよ」
「え!?」

 後ろから聞こえたナルトの声に、あたしは振りかぶってナルトを見た。真剣な表情。もしかしたら動揺を誘う引っ掛けかもしれないという期待は、脆くも崩れ去ったような気がした。

「風影の伝言で、木の葉の失脚を狙う輩が里の近くに潜んでるらしい、という情報を手に入れたと火影様に通達があったんだってばよ」
「……………………」
「なあ、さ……踊らされたんじゃねーの?」
「!!!」

 まさか、そんなことは……。



 言われて、ようやくあたしは気が付いた。

 見落としていた……事実に。



 もしも、隠密を最優先するならば。あたしが木の葉の忍の情報を送った時に、その時点で引き揚げる命令を出すはずだ。
 砂は、木の葉と一戦を構えるつもりはないのだから。ならば、一旦撤収し、時期をみて再開することが、一番適切だろう。

 けれど風影様が出した命令は、木の葉の忍を消せ、という指令。普通に考えれば、もしその忍を殺した犯人が誰か知られた時に、友好関係は崩される。そんな危険を冒す意味が、現時点ではない。回避の方法は、バレた時点で砂の忍の裏切りだった、という以外にないだろう。


 何を、考えておられる……? 風影様は。

 あたしを……切り捨てる気?


 いつだって。風の国のために……砂隠れの里のために生きてきた。幼少の頃から忍術を極め、その力となるために。確かに、先代の風影様が大蛇丸に殺された時、次の風影を決める時点で、あたしは今の風影様には反対の立場に居たけれど、すでに6年も前のこと。今更とやかく言うつもりはない。



 ……何故、今頃になって……?



 唇を噛み締める。今は、そんなことに気を取られている暇はない。ならばこの木の葉の忍の首を突きつけ、直接聞いてやろうじゃないか。



「砂の里では内乱が起こっているらしいな。風影を筆頭とする忍と、その風影を良しとしない一味と」
「……。うちはサスケ……その情報、どこで……」
「隠すことでもあるまい。暗部が拾ってきたんだよ」
「でもあの内乱は、6年前に決着がついた!」
「そう考えているのは、お前だけなんだろ?」

 本当にそうなのだろうか。あたしだけが、あの内乱はすでに治まったものだと錯覚していたのだろうか。だから風影様はあたしを……見捨てるような真似をしたのか……?

 あたしが、その風影を良しとしない一味だと勘違いして?



「まだ続いてるという話だが?」


 ……マズイ。

 動揺が隠せない。

 震えてくる手足。何も……考えられなくなる!


 あたしはその場から逃げるように、屋根を蹴って飛び上がった。


「サスケ!!」
「分かってる!」

 チャクラを練り上げ、素早く印を結ぶサスケ。あれは……火遁!? こんな街中で!?

「影分身の術!」

 が、術の発動を促す声は、後ろから聞こえた。目を向けていなかったナルトの術の方が早く完成し、追いかけるように迫る5人のナルトから逃れるべく、印を結ぶ。

 印を結ぶスピードは……あたしの方が早いようだ。



「……風の刃!」


 指先に集めたチャクラを開放する。見えざる風の刃が、ナルトの影分身に降り注ぐ。



 ぼんっという音と共に、飛び掛ってきた分身が綺麗に無くなる。


「え!? 何が起きたんだってばよ!?」

 風の刃は、高等忍術。見えない風が鋭利な刃物のように、対象を薙ぐのだ。

 ナルトが驚いている隙に、あたしは隣りの長屋の屋根に着地し、そのまま町の郊外へと走った。

「追うぞ、ナルト! 火遁・鳳仙花の術!」

 逃げるあたしの背に、火炎の塊が降り注ぐ。難なくそれを交わしたが、炎の中に手裏剣が隠れていることを瞬時に悟って、クナイを取り出しすべて叩き落した。

「チッ」

 サスケの舌打ちが聞こえる。残念ね。あの程度じゃ、あたしに傷一つ付けられないだろう。



 後ろから迫ってくる気配を振り切るように、あたしは全速で町の外に広がる森へと走った。

 ここじゃ、満足に戦うこともできやしない。それに……もしこの戦いで関係のない人間が巻き込まれたとしたら、嫌だったし。

 付かず離れずの距離を保たれながら、あたしは町を駆け抜け、森の中へと入った。起爆札と糸を混ぜたものでトラップを二、三個作ったりもしてみたが、ナルトもサスケも引っ掛からず、着実にあたしとの距離を縮めていた。


 あたしは地面に降り立ち、彼らが来るのを待った。


 そして、静寂が訪れる。

 視界、ゼロ。暗闇が支配する世界。

 森は、町の明かりも届かないほどの闇に閉ざされていた。



 気配は、無い。でも、確実にそこに居るということは、感覚的に理解する。



「出てきたら? 正々堂々と勝負しましょうよ」


 挑発するように言い放つと、木の上からナルトとサスケが降りてくる。

 本物……? いや、分身か?


「さっさと終わりにしましょ」
「それはこっちのセリフだってばよ」
「異存はないな」

 ナルトとサスケがクナイを構えると同時に、あたしは印を結ぶ。


 あたしたち忍にとって、闇は視界を遮るほどの邪魔にはならない。

 相手の仕草なんて、真昼の下での戦いのように視えるのだ。



「朧分身の術!」

 でも。これでしくじったら……あたしの命はないだろう。



「今更分身したところで、何の役に立つ!」

 サスケがあたしに飛び掛ってくるが、分身を見切られるはずはないと考えて。

 その安易な考えが間違いだったことに気が付くのに、時間はかからなかった。


 するりとあたしの残像を通り過ぎ、真っ直ぐに実体まで迫ってくる。少しぐらいは迷っても良いはずなのに。


 そこで。

 彼の瞳の色が変わっていることに気が付いた。



 あれは……まさか……。


 遠い昔。一度だけ戦場で見たことのある瞳。



 ……写輪眼!?





 その時に見たのは銀髪の、片目だけに写輪眼を持った人間……あの有名なコピー忍者のカカシのものだったけれど。


 純血?


 どちらにしろ、分かることは写輪眼に分身は効かない。あたしは素早く印を結び直すと、術を発動させた。


「風遁・大突破の術!」


 そして巻き起こる風の嵐が、木々を大きく揺らす。辺り一体を、サスケを、そして後ろにいたナルトをも突風が直撃し、立っていられないほどの強風がざあざあと泣く。


「負けるわけにはいかないの。決して……」


 そう。あたしは里に戻って、真実を確かめなければならないのだから。


「うわああああ!」
「あああ!!!」

 まともに術を受けた2人が、足元をすくわれ、そのまま風にさらわれる。派手に大木に身体を打ち付けると、その2人が霞のように消えた。


 やはり、分身か!


 本物を探すために、一旦術を切ったところで。遠くから聞こえてきた微かな音を、あたしは聞き逃さなかった。


「隠れたって無駄よ!」

 クナイを木に向かって投げつけると。そこに居た一人が、木から木へと移り飛ぶ。手裏剣を投げて威嚇するが、もう一人の姿が見えなかった。どこかに身を潜めて攻撃のチャンスをうかがっているのがバレバレだ。



 さあて。どうやって、いぶり出す?




 足にあったホルダーからクナイを取り出し、起爆札を巻き付ける。そのクナイを、頭上の木の高めの位置にある枝に投げた。


 ボオン!!


 枝にクナイが突き刺さった瞬間、闇を照らすほどの炎が枝を、葉を包み燃え上がる。



 ……瞬間。

 影が、生まれる。



 それは、木々では隠しきれない、人の形。

 影を肉眼で確認した後すぐに、印を結ぶ。


「金縛りの術!」


 忍術としては、基本中の基本だけれど。これが意外と役に立ったりするのだ。


 術で彼らを拘束した手ごたえを感じ、あたしは頭上を見上げ、二人の間に立った。


 ナルトとサスケは、同じ木の違う枝に、しゃがみ込んだ体勢のまま身体を囚われていた。簡単な忍術であるが故に、それなりの鍛錬を積んだ者が使えば、効果は絶大だ。

 一度囚われたら最後。逃げることは出来ない。


「残念だけど、あたしの勝ちね」
「……へっ。これで勝ったなんて思うなってばよ」
「減らず口を……」

 しゃがみ込み、それでも瞳から光を失わないナルトとサスケを見下ろして……あたしは口を開いた。





「ねえ……どっちが、本当なの?」


 じっとナルトを見つめながら。言葉を紡ぐ。




「? 何がだってばよ?」
「さっき……バーに居たナルトと、今のナルト。どちらが本当の貴方?」

 あたしの問いに、サスケが驚いたような表情を見せる。



 そう。うずまきナルトという人間は、サスケと居る時とは、まるっきり違った面を持っている。それが、バーであたしにキスしてきた彼。今の彼とは別人の……とても、鋭利な空気を持った、全く違う人間。

 二重人格。そう、医学書で読んだことがある。

 彼の変わりようは、まさにその言葉がぴったりで。正直、戸惑っていた。



 未だ燃える炎が、彼らの表情を照らす。

 だが微動だにしない彼の表情。

 あたしの問いに、ナルトは答えない。


「……時間切れ、ね」


 ホルダーからクナイを取り出して。あたしは手に持ったそれを振り上げた。



 勝利を、確信していた。




「!!!」



 その時。いきなり眩暈が起こり、あたしは持っていたクナイを取り落とした。焦点が合わず、立っていることさえもままならなくなる。

 しまった。先程ナルトに飲まされた薬が……効いてきた?

 咄嗟に唇を噛み締め、意識を保とうとしたが、宙に浮いているようなふわふわとした感覚に包まれてしまい、頭の中が霧に覆われたかのようになり、運動神経に障害が出てくる。


「影分身の術!」

 金縛りを解いてもいないのに、ナルトの声が後ろから聞こえた。振り向きざまに、目の前で拘束していたはずのサスケの姿がナルトの姿に変わり、その二人のナルトが掻き消える。

 すべて分身か!!


 後ろからナルトに羽交い絞めにされ、あたしはもがいた。が、目の前に現れた影分身のナルトに腹を殴られ、痛みに呻くと。

 彼は、あたしを抱えたまま後ろへと落下した。




 このまま殺られてたまるか!!

 痺れる腕を上げて、後ろから押さえ込んでいる彼のわき腹へと一撃をお見舞いする。




 地面に着く直前に、拘束が一瞬緩んだところで、あたしは新たな枝へと飛び上がり、距離を取る。

 足元はふらつくが、立っていられないわけじゃない。倦怠感があるものの、痺れ薬というわけではないようだ。




 ……しかし。

 この状況は、打破しなければならない。




 何度忍術をかけても……本物を、捕らえられないこの現状を。





 こんなことって、今まであっただろうか? 何度となく補足しようと試みても、まるで霞みを捕まえるために術を使わされているみたいだ。あたしのチャクラの量だって、無限じゃない。立て続けに大きな術を使ったせいで、若干息が上がっている。


 長期戦になればなるほど。あたしの方が不利だ。



 ふるふると首を振って、何か策は……と考えていたところに。目の前の枝に、気配を感じて、あたしは顔を上げた。



「!!?」


 直後。

 一直線に伸びてきたクナイが……あたしの喉を貫いていた。



「……かはっ」


 反射的に見開いた瞳が、相手の姿を映す。

 それは、ナルトでもサスケでもない……見慣れた面と装束をつけた相手。


 ……砂の里の、追い忍の姿。





 貫通したクナイは、あたしを木へとつなぎ止めていた。






 ひゅうっと声にならない叫び声を上げて。



 あたしは……絶命した。











「砂の……暗部か」

 突然横から現れた砂の里の忍の姿を認め、サスケがすでに事切れたあたしの隣りに立った。

「木の葉の里の上忍とお見受けします。この度は、裏切り者の処罰にご協力くださり、真にありがとうございました」
「………………………」

 サスケはその言葉には答えない。ちらりとあたしに視線を向けた後、つかつかとあたしに寄り、首の動脈で脈を確認する。

 動くはずもない身体から手を離すと、目を上に向けた。


「死んでるぞ」
「……そっか」

 言われて、サスケの視線の先から現れたナルトも、あたしの側まで近づいてくる。


「このは、砂の忍の中でも特に油断出来ぬ相手。ビンゴブックに掲載する前に、こうして裏切り者を仕留めることができましたことを、心より感謝致します」
「ゴタクはいいってばよ。それよりさっさと処分しろよ」

 ナルトは、言いながらあたしの頭に手を伸ばし、髪を一房切り取る。そうして、その髪を砂の暗部に差し出した。


「首は、取らないでやってくれ。女の子だしな。髪の毛と、オレたちの証言で十分だろ?」


 ナルトの言葉に、髪を受け取りながらも静かに頷いた暗部は。チャクラを練り上げ、術を放つ。それは、人間の身体を一瞬で焼き尽くすほどの業火で……あたしの身体は1000度を越す炎に包まれていた。


 木の一部を焦がし、骨まで焼き尽くした後。その場に残るモノはない。




「それでは、これで……」




 そうして、暗部は役目を終えて、場から去っていった。









 サスケは無言のまま、静かに印を結び……。


 未だ燃えている木々への消化活動に入った。




















次ページへドーゾ。。。







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