異世界に来たというのに。あたしの心はやけに落ち着いていた。



 あれだけ戻りたいと思った日常と。

 こんな、一生の内一度体験できるかどうかも分からない、現状との間で。


 ……揺れ動いている、自分がいる。






 さっきまでは、早く元の生活に戻りたいと思っていたけれど。異世界だと分かった途端に、妙に納得してしまった自分もいて。普段の無気力な自分からは想像も出来ないくらい、好奇心がうずいていた。

 ファンブックに載っているような世界なのか、この目で確かめてみたい。

 ナルトやサスケがいるということは、カカシ先生や、他の下忍や上忍もいるかもしれないというワケで。

 まるで、芸能人を見るかのように、この興奮を否定できなかったからだ。



 けれど、とりあえずはナルトや火影様に信頼してもらわないと話にならないし。

 なんとかしてある程度は仲良くなっておかないと、自由に動けない。それに無一文なため、明日の生活も困ってしまう状況だ。

 それに……さっきサスケが言ってた『行方不明者リスト』というのも気になる。




 ドリームなんかだと、主人公格の相手が、自分に惚れ込んで、監視も兼ねて自宅に住めば? なんて言ってくれちゃったりもするけれど。あたし自身、外見が良いわけでもなく、スタイルも抜群とはいえないし、性格も良いわけじゃないから、可能性的には難しい。

 でもどうにかしないとならないわけで、とりあえず一晩泊めて欲しいと粘るしかないだろうなあ、なんてことをナルトの腕の中で考えながら。




 無意識に、両手に力を込めていた。











狭間での出会い
















「戻ったぞ」
「これは、うちは上忍、うずまき上忍。お疲れ様でした」


 唇を食いしばっている内に着いたのは、見張り台のような場所で、やぐらが組まれ、篝火が炊かれていた。


 そこには、同じ忍装束を着た数人の忍いて。戻ったことを報告したサスケの元に、わらわらと中忍らしい集団が集まってくる。


 ナルトに抱きかかえられたままでは何なので、下ろしてと言うと、彼はゆっくりと気遣うように地面に足を付けてくれ、あたしはすっくと立ち上がった。

 数十分ぶりの地面。それでも感覚が慣れなくて、ふらりとよろけると、ナルトがすかさず腕を差し出して、支えてくれる。

「大丈夫か?」
「え、あ、うん。ありがとうございマス」


 大人版のナルトに慣れなくて、どうにも恥ずかしくて顔を背けながら言うと、彼はまだ失っていない明るさで、満面の笑顔を浮かべた。

「別にいいってばよ」


 見上げるほど高い身長。おそらく、サスケよりも数センチ高い。180はあるだろうか。12歳の頃小さかった彼は、もう立派な大人の男だった。

 けれど、昔の真っ直ぐな純粋さを失っていないことが嬉しかった。これが、彼の一番の魅力で、強さで。だからあたしは、NARUTOが好きになったのかもしれない。


 あたしには決してない、実直さ。

 失ってしまったものが、彼の中にあったから。







 が、しっかし。

 心に暖かいものが満ちてくると当時に、あたしの頭の中には疑問が浮かび上がっていた。



『うちは上忍』に『うずまき上忍』?



 たった6年で。


 ……この2人、いつの間に上忍になったの?



「すぐに火影様に伝令を飛ばせ。行方不明リストbQ90らしき人間が見つかったかもしれないとな」


 にわかにざわついたテント小屋。簡易に設置されたらしいそこには、慌しさに満ちていた。

 そんな最中。サスケの言葉に、回りにいた忍のすべての視線があたしへと向く。その異常さに、あたしは眉を寄せていた。


「あたし、随分注目されてるみたいだけど……何かあったの?」
「え? 何って………」

 ナルトの服の袖を引っ張ると、彼は目を見開いて驚いたような様相を見せた。

 ………おかしなことを言ったのかな?


「お前が知ることじゃない。それよりも、行くぞ」

 サスケが何か書面を書き込んで、ちらりとあたしを見ながら呟く。

「あ、サスケ。俺が行くってばよ」
「……お前が?」

 サスケはナルトの言葉に驚いた様子を見せる。

「うん。だから、サスケは引き続き、ここを頼む」
「……分かった。お前がそう言うのなら」

 溜息交じりに、ちらりとあたしを見た後、書き込み途中だった書面をナルトに渡す。

 ナルトは、それに何かを記入すると、折りたたんでポケットに突っ込んでから、あたしの手を引いた。

「どこへ行くの?」
「ん〜。火影様のとこ」
「ああ……そうよね」

 とりあえずあたしは不審人物だもの。調査されて当然だよね。


「じゃ、行くってばよ!」
「き、きゃああっ!!」

 再び抱きかかえられてから、ナルトは器用に木々を伝い、家々を飛び越え、街の中心部に向かって走り出した。


 風のように早くて、目を開けていられない状態。本当に、人間がこんな早く走れるなんて。


 びっくり人間大集合(古!)じゃないんだから。



 ……チャクラ、ってものが存在する世界なんだ。ここは。



「抱きかかえる時は言ってよ!」
「しゃべってると舌を噛むってばよ」
「心臓に悪い!」
「はあ?」


 男の子に……しかも、7歳も年下に抱きかかえられるあたしの身にもなってよ、マジで。

 こんなにドキドキするの、何年ぶりだろう?



 あたし……NARUTOではカカシ先生ファンだったんだけどなあ……。



 支えられた時の力強さと。見上げるとそこにある精悍な横顔に、柄にもなく格好良いなんて思ってしまった。




 だって、NARUTOに出てくるキャラって、みんな魅力的で。

 特に、ナルトのことは、カカシ先生の次に好きだったので、実際の彼に会えて、本当に嬉しかった。

 まだ、子供の時の真っ直ぐさを、失っていなかったから。




 なんて思っている間に、アカデミーの横にある火影の屋敷に着いていて。ファンブックや原作などで見たまんまの、火影様のお屋敷。

 煌々と火が焚かれていて、真昼のような明るさだった。

 今にも崩れそうな感じだったけれど、作りはしっかりとしていて。見張りの数人があたし達に目を向けたが、ナルトを見ると、声もかけずに首だけで行って良いと示した。



 再び地面に下ろしてもらってから、ナルトの背について歩き出す。辺りを見回せば、忍の姿は結構多くて、随分ものものしい感じがした。



「さっきの警備のところもそうだったけれど、随分厳重な警戒態勢ね」
「………お前ってば、本当に何も知らないのか?」

 立ち止まって振り向いたナルトが、あまりにも真剣な様子だったので、あたしもつられるようにして歩みを止めて、彼を見つめた。


「き、記憶喪失なんだってさっき言ったでしょ?」
「…………………」


 自分で言ってて怪しさ倍増。でも、半分本当なのだから、ウソじゃないし。


 ナルトは少し疲れたように溜息をつくと、ポツリポツリと話し始めた。


「始めは子供が頻繁にいなくなる行方不明騒動だった。けれど、その内に大人までがいなくなっていったんだってばよ。今では、この里の内部だけで、失踪者は300人を超えてる」
「300人!?」
「統一性がなく、場所もバラバラ。人体実験じゃないかって噂がたったんだ。それで、俺たち上忍までもが里の警備に当たって、原因を突き止めようとしてるんだってばよ」
「…………そうだったの」
「お前ってば、その行方不明者リストの中の、290に載っていた人物とよく似てる。っていうか、そっくりだってばよ」
「290?」
「ああ。まだ1名も見つかっていなかったのに、お前だけが見つかった」

 それでか。さっきサスケが言っていた言葉の意味と、回りがあたしを見て驚いた理由を知った。

 まだ1名の発見もないのに、そのリストの中の人間に似た人物が見つかった。

 あたしは希望だ。もし行方不明者リストの内の中の1名だとしたら、失踪者たちが生きている可能性が高くなるのだから。




 ………でも。

 残念ながらあたしは、この里の人間じゃない。




 記憶喪失と言ってしまった手前、うかつに違うとも言えない。さっき、ナルトやサスケに失言してしまったことだし、ここは大人しくしておこう。

 あたしがその人物じゃないということは、すぐに分かるだろうし。


「でも、名前が違う」
「290の人と?」
「そうなんだってば。確か290は『』とか言った。少なくとも、なんていう名前じゃなかったんだってばよ」
「…………………そう」

 歩き出しながら、ナルトは表情を曇らせる。その横顔を見上げて、あたしは何とも言えない感情に押しつぶされそうになっていた。


 期待を裏切ることになる。あたしは290に挙げられている人間じゃない。それをどこかで感じ取っているのかもしれない。

 と同時に、あたしという存在を計りかねてかねているのだろう。信じて良いのかどうか。行方不明者なのか、そうでないのか。


 ……敵か味方か。


 簡単に人を信じれば、寝首をかかれることになることを、きっと誰よりも知っているだろうから。



「ここだってばよ」


 ぐるっと円状の廊下を進んだかと思うと、ナルトはある扉の前で立ち止まった。軽くノックをしてから、声を張り上げる。


「ナルトです。失礼します」
『ああ。入りな』


 うわ。敬語。

 三代目や綱手様相手でも、軽口たたいていた頃の彼の姿はなく。イタズラ小僧が、こんなに立派に成長するなんて、スゴイ。確実に流れていた時間を実感する。

 きちんとノックをして、そして扉の奥から聞こえた声に導かれるように中に入っていくナルトに、どこか感動と寂しさを覚えた。




「へ!?」

 ナルトが大人になってしまっていたことに、微妙な感情を抱きつつ、ぼうっとしてしまったあたしは、彼に声をかけられて間抜けな声を上げてしまった。

 まさかいきなり名前を呼び捨てにされるとは思っていなくて、驚いた。

「来いよ」
「あ、はい」

 恐縮してしまい、あわてて彼に駆け寄って部屋の中に入る。

 奥には書類の積み上げられたデスク。その前に、薄いピンク色の髪をした若い女性……綱手様その人が、腕組みをして立っていた。


 うわ、本物だ!

 スゴイ! 若い! 肌なんて超キレイだ……。



 眉間にシワを寄せて、ナルトに視線を送り、ほうと溜息をついた綱手様は、あたしを上から下まで見てから呟いた。


「報告は受けてる。あたしは五代目火影だ。よろしくな」
「あ、と申します」

 綱手様の笑顔に、あわてて礼をしたあたし。

「楽にして良いよ。にしても、ホントそっくりだねえ。これで名前まで一緒なら良かったんだけどね。失踪時の服装まで酷似している」
「でも、290は失踪してから丸1日しかたってねえし。例の事件の行方不明者っていうよりは、単なる家出人だってばよ」
「お前ねえ。資料にはよく目を通して頭に叩き込んでおきな。bQ90は、原因不明の奇病で病院へ入院中だった」
「……奇病?」

 綱手様が発した言葉に、あたしは疑問符をつけて反応してしまった。綱手様は、あたしから視線を逸らさずに言う。


「記憶喪失だそうだねえ」
「……はい」
「そりゃ、喪失じゃなくて、ないんだよ」
「ない?」
「ああ。お前さんは、約20年間。正確に言うと18年もの間、病院のベットの上にいた」
「…………………………はあ?」

 意味がよく理解できない。病院のベットの上? 20年も? 何よソレ。


 混乱が混乱を呼び、それ以上何も言えないでいたあたし。そこへ、バタバタと走る足音が響いてくる。


「し、失礼します!」


 と、慌しく部屋に飛び込んできたのは、初老の男性と女性だった。スーツなんか着て、結構身なりが良い感じだ。

 見たことのない人物。そんな2人があたしを見つめた後、いきなり抱きついてきたのだ!


! 良かったなあ、無事で!」
「随分心配したんだよ!」


 ……っていうか、貴方達、誰ですか?


 動けないでいるあたしに抱きついて、勝手においおいと泣き始めた2人に、綱手様が声をかける。


「夜中に呼び立ててすまなかったね」
「とんでもない! 見つかったら、いつでもご連絡くださいとお願いしてありましたし」
「本当に娘なんだね。間違いないかい?」
「はい! 見間違えるはずもありません! なにより、服も同じですし……昨日病院のベットから突然いなくなった、に違いありません!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 勝手にどんどんと話が進んでいく様相だったので、あたしはすがりついてきていた2人から離れると、半ば怒鳴り気味に叫んだ。


「あたしはなんて名前じゃない!」
「何を言ってるんだ。ああ、そうか。18年も眠っていたから、記憶が混乱しているんだな?」

 だから、18年も寝てないっつーの!


「そりゃ昨日、全然知らない場所で目を覚まして、ここまで来たけれど、18年も眠ってたなんて、そんなこと有り得ない!」

 なんて人間じゃ、決してないんだから!



 でも、なんて説明すれば良い? あたしは、パラレルの世界に迷い込んだだけで、この世界の人間じゃないなんてこと、言っても信じてくれそうにない。キチガイになったと思われるだけだ。この状況じゃあ……。

 けど、最低でもその『』とは違うのだということを納得してもらうため、頭をフル回転させた。

 ここであたしが『』だと認識されてしまったら、本物の『』さんの捜索は打ち切られることになる。18年、眠っているとのことだし、もし野外へ放置されでもしたら、命を落とす危険性が高いだろう。是非とも捜査を続けてもらわなければならない。


 どう言えば信じてもらえるのか、言葉を選んでいる間に、遮るようにして声が上がった。


「ちょっと待てってくれってばよ。18年、眠っていた? ってことは、眠っている状態で行方不明になったってことか?」


 それまで状況を傍観していたナルトが、綱手様との両親を見比べる。


「そうだよ。間違っていませんね?」

 綱手様がの両親を見据える。

「はい! 昨日の朝、眠ったままの状態で忽然といなくなったんです!」

 自信満々の両親の言葉に少し考え込んだナルトは、今度はあたしを振り向く。

「……で、は、気が付いたら森の中だったんだな?」
「うん。昨日の……夕方だったと思う。それから一晩かけて、あの小屋へ着いたから……」


 ナルトはあたしの言葉に困惑の色を深める。

 何を考えているのか全く分からないが、釈然としない様子だった。


「じゃ、帰ろう。お前の家へ」
「そうよ。皆喜ぶわ」

 父親と名乗る男が、あたしの腕を取る。その瞬間、ぞわっと湧き上がってきた寒気に、あたしは思わずその手を振り解いていた。


「だから、あたしは! なんて名前じゃない!」
「何を言ってるんだ。ああ、そうか。18年も眠っている間に、夢でも見て、勝手に思い込んでいるんだろう。夢の中ではそう呼ばれていたのかい? 家に帰ったらゆっくり、その夢の話を聞かせてくれ」



 ……夢?


 何、言ってるの?


 こっちが本物の世界で、日本という国で過ごしてきた時間が、すべて夢だったとでも言うの?


「そんなはずない!!」
「少し落ち着けば、すべてが分かるはずだ。とりあえず、家へ帰ろう」


 この人、冗談?



 あたしは、パラレルの世界へ迷い込んだだけで、元からこの世界の住人だったわけじゃない。あたしの生活は、地球という星にあって、日本という国にある。会社勤めで、普通に、一般的には平凡と呼ばれるような、ありふれた生活を送っていたはずなんだ!

 あれが夢であるはずがない!!


「やめてえ!!」

 再びあたしの手を取ろうと、伸ばしてきた手を避けて。あたしは耐え切れなくなって、その場から走り出していた。




 違う。違う。こっちが本物なわけないじゃない!


 だって、マンガで見たんだもの。この木の葉の里のこと。
 それが夢だと例えるなら、接点もない彼らの生き様を、あたしは夢の中で見続けたことになる。



 そんなこと、有り得ない!




 と、否定してはみても。実際のところ、あたしは混乱していた。




 ……事実。

 パラレルの世界に迷い込みました、ということと、20年間眠っていて、夢を見ていました、ということでは……夢を見ていたという方が、起こり得ることのような気がした。

 じゃあ……こっちが本当の世界だったとしたら、今まで過ごしてきたあたしの25年間は、一体なんだったというのだろう?

 

 初恋の人が出来てはしゃいだり、友達というものに悩んで、苦しんで、初めて受験というものを経験して、勉強に部活に、そして遊ぶことを覚えた思春期も。

 あたしが出会ってきた人、もの、テレビ番組、マンガ、小説、それらがすべてあたしの夢であって、現実ではなくて。

 ……どこかの映画じゃあるまいし。機械管理されていたわけでもなく、ただ病院で眠っていただけで、作り上げられるものなのだろうか。

 けれど、だからこそNARUTOというマンガを見るという形で、真実の情報を得ていた? 




 そんなことって、起こるの?





 火影の屋敷の外に飛び出して。いきなり走り出てきたあたしを、何人かの忍が不思議そうに見るが、そんなことをおかまいなしに門をくぐった。


 夜も遅い時間のせいか、街に人の姿はまばらだったが、歓楽街らしく、それでも一般人の姿が見受けられた。その合間をすり抜けて、あたしはただがむしゃらに走る。


 何が本当なのか、分からない。自信がない。

 だって、あたしは今まで、人に自慢できるような人生を歩んできたわけじゃない。だから、夢だと言われて、本当はそうだったのかもしれないなんて思い始めてる。



 でも。それは。

 という人間すべてを、否定することに他ならなかった。



 ……あたしの今までが、偽物なんだと……。




 辛いことだっていっぱいあったし、嬉しいこともあった。そうやって確実に過ごしてきたはずの時間をすべて、夢でしたなんていう言葉で片付けることは到底できない。

 ……したくない。




 けれど……今のあたしを証明する術は、この記憶しかなくて。




 あまりにもがむしゃらに走ったため、せり上がった吐き気に咳き込んで尚、走り続けた。








 もう何も……考えたくなかった。
























夢オチと言えばそうなのかもしれないけれど、
そうとうもいえない不思議な話。
っていうのがどうしても書きたくて。。
ちゃんと味、出せてるかなあ?
不安です(苦笑)



更新日時:2004.12.12
改訂日時:2012.9.18







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