答えが見つからないまま、あたしは気が付けば郊外まできていた。

 外灯もなく、薄暗い闇の中で、目の前に橋がかかっている場所に気が付く。

 ふらりと橋に近寄ると、そこは比較的緩やかな流れの川にかけられていて、逸る呼吸を抑えて手すりに身を預けると、水面にあたしの顔がぼんやりと映ったような気がしたが、気のせいだった。

 この薄暗い闇の中で、見えるはずがないのだ。




 これから……あたしはどうすれば良いんだろう?


 自分が、自分を信じることが出来なくなっていて。


 逃げ出したかった。









狭間での出会い

4















 呼吸も落ち着く頃。あたしはただじいっと、川の水の流れを見続けていた。

 考えることを拒否して、ただぼんやりとだけ。そうすれば、少なくとも心は楽になったから。


 ……不思議だなあ。涙も出ないや。

 泣きたくなるくらいにショックだったと思うのに、何故か全てがどうでも良くなっていて。

 あたしが誰だとか、過ごしてきた時間とか、もう何でもいいじゃん、なんて思いながら、手すりから身を乗り出していた。






 思えば、気が狂っていたのかもしれない。

 あまりに非日常的なことが立て続けに起こって、自我を保つことが難しくなっていたのかもしれない。



 だから、川へ身を投げるなんてことしたのかなあ、なんて他人事のように考えていた。




 浅いかもなんて思った川は意外に深く、簡単に底へ沈んでいった。


 目を、閉じる。


 冷たい。寒い。苦しい。器官から水が浸入してくる。少し水を飲んでしまって、あたしはもがいた。

 でも大丈夫と自分に言い聞かせる。もう少しで楽になるから。だから大丈夫だ、と。



 ……頭がぼうっとしてくる。



 ああ、あたしこれで死ぬんだ、と思った瞬間。


 いきなり身体が上に引っ張られる感覚に襲われたと思ったら。水面から上に顔を出していた。





「げほっ。げほっ……ごほ……」

 あまりの急激な変化に思考が対応できなかったが、身体が勝手に空気を求める。

 激しく咳き込んでいるあたしの身体が、再びふわりと浮かんだかと思った瞬間、真上からいきなり怒鳴り声。


「こんのバァカ!!!!」
「…けほっ……え……?」

 目を開ければ、すぐ前にナルトの顔があって。再び橋の上に下ろされると同時に、両頬を軽くぺちっと挟まれる。


「命を粗末にすんな、バカ!」


 怒りに震える表情を見て。自分が、彼に心配をかけたことを知った。




 ……どうして?

 出会ったばかりのあたしのことを、なんで追いかけてきてくれたんだろう。



「……追いかけろって言われて来たの?」
「はあ?」
「綱手のおばあちゃんに言われて来たの? あたしを助けてくれたのも、任務?」
「………何言ってんだってばよ?」
「ああ、そっか。あたしこれから、あのワケ分からない人たちのところに連れていかれるんだ? それで、として生きていかなきゃいけなくなるわけかあ」
「………………………………」
「だったら、あのままにしてくれれば良かったのに!!」


 川に沈んでいけば、考えることもなく楽になれた。

 迷うことなんてなかった。

 何も信じなくても、死ぬんなら必要なかった。



 どうしてこんな余計なことするの……!!






 その時。

 涙が頬から溢れ出してきた。






「もうやだあ……!! あたしがあたしであるかも分からない! あたしは誰なのぉ!?」
「…………泣くなってばよ」
「いやあああああっ!!」


 せきを切ったように流れ落ちる涙は、留まることを知らず、ナルトの手を濡らす。でも、彼は優しく、何度も拭ってくれた。振りほどこうと首を振っても、大きな青い瞳を曇らせて、あたしをじっと見てる。

 そんなナルトの顔がぼやけて完全に見えなくなって、あたしはごしごしと目をこすった。でも、涙は止まらない。

 しゃくりあげる呼吸。鼻水も流れ放題。みっともないところを彼に見せていると分かっていても、どうにもならなかった。


「く……ふえ……ひっく……」
「とりあえず、このままじゃ風邪ひくってばよ」


 ナルトは、座り込んでいるびしょ濡れのあたしを抱き上げると、元来た道を走り出した。


「いやあ! 戻りたくない!」
「綱手のばあちゃんのところには行かないから安心しろってば」
「……ホント? 屋敷には戻らないの?」
「ああ」

 舌を噛むから黙ってろ、と言われて、あたしは口を噤んだ。彼の胸に頬を寄せると、その時になってようやく寒気を覚える。

「くしゅんっ」

 水を吸って重たくなった衣服が張り付いて、気持ち悪い。


「すぐ着くから」
「……え、どこに?」

 ナルトの顔を見上げると、彼は前を見据えたまま答えた。

「俺の家」

 はい?

「なんで?」
「このままじゃいられないだろ」
「あ…………」

 ナルトの家というのも驚きだけれど……自分がどんな格好をしているかはたと気が付いて、あたしは身をちぢ込ませた。

 パジャマ姿で、加えて全身びしょ濡れ。身体のラインは浮き出ていて、ブラもしてない状態だったから、モロに見えてる。乳首とか。
 カーディガンの上からでも分かる。


 うわ。超恥ずかしいよ……。


 身体が熱くなって、寒いのと熱いのが入り混じって、何とも言えない。


 どうしたもんかと考えるうち、ある一軒のアパートの前に立ち止まった。2階への階段を身軽に上がって、ナルトはあたしを一旦下ろしてくれる。

「ココだってばよ」

 懐から鍵を取り出して開ける。そして中へと入れてくれた。電気をつけてくれ、あたしは緊張しながら辺りを見回して……そこはファンブックにあった通りのナルトの部屋。

 玄関から右側には、バスルーム。その隣りのドアがトイレだったはず。真正面の扉の奥には、修行部屋が広がっていて。左手はキッチン。突き当たりには大きな冷蔵庫ある。テーブルと椅子がひとつずつ。奥には、ベット、タンス、あと化粧台があった。

 でも……かなりキレイだった。きちんとまとめられていて、ファンブックにあったように、あんなに煩雑ではなかった。

「お邪魔します」

 とは言うものの、このまま部屋へ上がるのは、はばかられた。だってあたし、濡れネズミだし。

「風呂はすぐ右のドアだってばよ。タオル持ってくるから、待ってろ」

 スタスタと部屋の奥へと歩いていくナルト。見れば、助け上げてくれたはずのナルトは全然濡れていない。結構深くまで沈んだはずだけれど……どうやってあたしを助けてくれたのだろうか。服が黒だから見えにくいだけかな?


 その疑問が解消できる前に、奥からナルトが大きめのタオルを持ってやってくる。


「とりあえず身体を洗えよ。石鹸とか、勝手に使って良いからさ」
「ごめんなさい……ありがとう」

 タオルを受け取って、扉を開けて中に入る。そういえば、ナルトの家って脱衣所がないんだよね。


 ……うーん。

 上がったら、バスタオルを巻いてナルトの前に行けってことなのかなあ。



 相手が彼氏ならまだしも、さっき出会ったばかりの人物。

 あたしは彼のことは、下忍の時……しかも、マンガで知ってるだけで、実際のナルト相手となると、ちょっと……。

 まるで、これからエッチでもするみたいだ。



 なんだか一人で恥ずかしくなって、いや、恥ずかしいことならもう色々としてるんだけど、今の状況にドキドキしていた。


 タオルを一旦上にある備え付けのバーに引っ掛けてから、服を脱ぐ。パンツまでぐっしょり。端っこに積み重ねておいてから、湯と書いてある方を捻ると、しばらくして湯気が立ち上り、おいてあるシャンプーとかで身体を洗った。

 水道の使い方やシャンプーやリンスの種類は全く変わらない。ただ、書いてあるのが日本名でシャンプーなんて「洗い髪用」なんて名称なだけだ。ボディソープはないようで、石鹸だった。ただ、どれも無臭。匂いが全くない。

 シャワーは、形も同じようなシャワーだった。


 いつの間にか、他人には夢だったと称された自分の記憶と比べていたことに苦笑して、あたしは身体を洗い終えた。

 湯を止め、バスタオルで身体を拭いてから、それを身体に巻き付ける。


 ……よし。


「いやー。ありがとう……」

 意を決して外に出ると、そこにナルトの姿はなかった。修行部屋かな? と思って歩き出そうと一歩踏み出したところに、ぐにっとした感触。

 目を下に向けると、足元には洋服が置かれていて、メモが一枚。


『これ、使ってくれってばよ。ちっと買い物に行ってくる』


 なんだか拍子抜けして、笑ってしまった。緊張していた自分がバカみたいで、ありがたく洋服に着替えることにする。


 置いてあったのは、黒のTシャツと同じく黒の長ズボンだった。Tシャツはサイズが大きくて、肩が少しずれ、丈は膝まである。ズボンは、ウエストの部分が紐になっていて縛れたので、それほど大きいという感はなかったけれど……裾が長い。けれど、さらさらの布で折れなかったので、またがみの部分を調節するようにウエストのところを折り上げた。すると、なんとか踏まないくらいになった。


 うわ。なんか……スゴイ。


 ナルトの服なんだと思うと、どうにも緊張してきてしまって。それに、下着もつけていないのでスカスカするし。


 でもまあとりあえず。

 濡れたままのパジャマとかを、台所脇にあったビニールの袋を拝借して入れ、口を縛った。


 ……あとで洗濯機を借りよう。



 そこへ、作業を終えるのを待っていたかのように、後ろにあったドアが開く。


「お、上がったか」
「お帰りなさい」
「え? あ、ああ、ただいま」

 ナルトが袋を提げて帰ってきた。靴を脱いで上がると、テーブルの上にそれを置く。

「腹減ったろ? 俺、料理なんてしねえから、買ってきた」
「……何から何までごめんなさい。ありがとう……ナルト」

 本当に申し訳なく思ってしまう。ペコリと頭をさげると、彼は屈託のない笑顔で言った。

「気にすんなって。じゃあ、俺も風呂に入ってくるから、適当に食べててくれよな」
「え、ナルトのご飯は?」
「俺はさっき食ったから」

 ガタガタとタンスに手を入れ、バスタオルを持ち、ナルトは風呂へと入ってしまった。彼が上がってくるまでまってようかと思ったけれど、ぐぎるるると自己主張を繰り返す空腹に負けて、袋の中身を見てみる。

 おにぎりとサラダ。それに、暖かいお茶が入っていた。

 加えて、歯磨きセット、タオルなどなど。



 ……うわあ。ヤバイ。超いい男じゃないの? ナルトって。


 こんな風に男性に優しくされたことなんてなくて、見直してしまった。

 意外性bPのドタバタ忍者だとカカシ先生に称されていたのに、こんなに立派になってくれちゃって……この気遣いがありがたい。

 とりあえず、椅子に座って、いただきますと手を合わせてから、サラダを平らげた。


 ああ……まともな食事なんて、1日ぶりで。

 本当に、食べ物っておいしいんだってことを、実感した。



「はー。つっかれたー」

 タオルを腰に巻いたナルトが、上半身裸のままでバスルームから出てくる。いきなりのその光景に、あたしは喉に米を詰まらせる。

「ごほっ…!! ちょ、ちょっと!」
「ん? ナニ?」
「ナニ、じゃなくって! 早く服着て!!」


 引き締まった裸体。無駄な贅肉なんてなくて。キレイに腹筋が割れていた。そこに……八卦の封印式がある。

 九尾はまだナルトの身体の中にいることを意味していたが、今のあたしにはそんなことは関係なく、ただ目のやり場に困って慌てていた。

 だって……男の人の身体で、こんなキレイだと思ったことなんてないもの!

 それほどに鍛え上げられていて。心臓がとってもうるさかった。


「わあーったってばよ」
「もう!」

 無頓着にあたしの目の前を横切って、ベットの上に置かれていた黄色のTシャツに袖を通し、パンツを履いてからベージュの短パンをはく。

 いや、その光景を横目で見て説明しちゃってるあたしもどうかと思うんだけどさ。



 お茶を一口含んで飲み下してから、ほうっと溜息をついた。


「……どーやら、落ち着いたみたいだな」
「え? あ、うん。大分」

 先ほどまで高ぶっていた感情は、すっかり平常心を取り戻していた。ナルトはそのままベットの上に腰を下ろすと、ニカッと微笑んだ。

 椅子は一つしかなかったからだ。

「良かったってばよ」
「ご迷惑をおかけしました」
「いいって。そりゃ、不安にもなるよな。その気持ち、すっげー良く分かるからさ」
「…………うん」
「まあ、今後のことは、これから考えていくでいいんじゃねえ?」
「そう…だね」

 最後の一口を詰め込むと、ほうっと溜息をつく。


 そう。これからのことなんて、今考えたって何も始まらない。


「この袋の中に入ってるの、使っても良いの?」
「ああ。いいってばよ」
「じゃあ、早速、歯磨きしてきても良い?」
「どーぞご自由に」

 がさがさと袋の中から洗顔セットを借りて、バスタオルを持ってバスルームへと入り、あたしは歯を磨く間中、あることを考えていた。

 そう。とりあえず……今夜の宿のことだ。

 無一文で外に飛び出て、野宿なんてあたしには出来ない。






「あの……ナルト」

 とりあえず済ませて、バスルームを出てから。

 ベットに横になり、テレビを付けてチャンネルをコロコロと変えている彼に声をかける。

「んー?」
「いきなりで申し訳ないんだけれども、今夜……出来れば泊めてほしいんだけど」
「別にいいってばよ」

 渋られると思ったのに、ナルトはあっさり頷く。

 が。その次のセリフに、あたしは驚きを隠せなかった。


「ただ……男と女が同じ部屋で寝るって意味、分かって言ってるよな?」


 ……へ?


 一瞬、さらっと飛び出してきたナルトの言葉の意味が分からなくて、それを理解した時、信じられなかった。



 だって、ナルトがそんなこと言うなんて!



 驚いてじっとナルトを見ると、ナルトもテレビから目を離し、真剣な顔をしてこちらを見てる。が、それは数秒のことで、彼は面白そうに表情を崩した。


「って、それは冗談……――――」
「いいよ」

 その同意は。とくに考えもせず、気が付いたら口から滑り出していた。

「……は?」
「だから、いいよ」


 彼が冗談だって言った時、少しだけだけど、分かってしまった。ナルトのさっきの言葉は、本気だった。

 セックスしたいって、そうあたしを誘ったのだ。



 あたしはカカシ先生のファン。この世界に来る前は、明らかにそうだった。だってナルトはまだその頃は12歳の姿で、そういう対象としては見れなかったから。


 でも、目の前にいるナルトなら話は別だ。

 ……任務、命令。

 きっとそれであたしの側に居てくれてるんだって分かっていても。

 それでも、彼は優しかったから。




 だって……一番壊れそうな時に、こうして側にいてくれる人になら……身を委ねても良いって思えた。


 好きだとか、愛してるとか。そんな愛の睦言を囁きあうエッチではないかもしれないけれど……考えてみれば、あたしも身体の繋がりを望んでいたのかもしれない。



 ナルトの仕草の一つ一つ。

 大人な表情に。

 ……少なからず、欲情していたのだから。



「バカ。冗談だってばよ」
「………………………」
「それに、簡単にそんなこと言うな。もっと自分を大事にしろってば」

 あたしは、そんな風に話を逸らしたナルトを睨みつける。

「自分なら大事にしてる。だから、いいって言ったの」
「……どういうことだ?」
「綱手様も、あの両親と名乗る人たちも、あたしを『』として見ていた。でも……ナルトは、そうは思ってないでしょう?」
「…………………………」
「それとも、そう考えているの? あたしが『』だと思う?」
「………………いや。思ってないってばよ」
「だから、いいの。貴方は……ちゃんと『』を見てくれてるから」
「……………………」
「こんなあたしを、少なからず信じてくれてる」

 ナルトはしばらくあたしを見つめて、ベットから身体を起こして座り直した。そして、手を差し出した。


「……来いよ」


 掠れた声。細められた目。

 さっき、綱手様のところでも同じセリフを言われたけれど、あの時とは全然違うトーン。



 ……欲情してる。あたしに。



 あたしは、歩を進めてバスタオルや洗顔セットを机の上に置くと、ナルトの前に立ち、その手を取った。彼は、ゆっくりと自分の横に座るように促すと、反対側の手であたしの頬に触れた。



 心臓が飛び出しそうなくらい、ばっくんばっくん言ってて。

 こんな状況になってる自分が、心底信じられなかったけれど。

 恐くはなかった。




 ゆっくりと、触れ合った唇の感触。

 あたしは目を閉じた。




























次回、いきなりエッチシーン突入!
嫌だと思っても読んでいただかないと、
話が分からないので我慢してください(滝汗)



更新日時:2005.2.9
改訂日時:2012.9.18







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